昭島市デジタルアーカイブズ/あきしま 水と記憶の物語

昭島消えた五つの鉄道

第1章 五日市鉄道立川延長線(五鉄。立川・拝島間)

南武と合併、国有化そして休止路線に 

 「廃止の理由はレールで大砲の弾を作るためだった」。これは年配の方からよく耳にする話です。確かに戦争末期、拝島町・龍津寺には陸軍の鉄道部隊(?)が駐在し、実際にレールの撤去作業を進めていたようです(平成7・6・10聞取り)。しかし、撤去したレールに関する確実な史料などは、今のところ見当たりません。
 そうした中で、レールの転用先として二つの情報があります。一つは、戦争末期に横浜線片倉信号所から山あいに延びていた引込線に使用された(『八王子の空襲と戦災の記録』総説編。昭和60年)というものです。空襲に備えて機関車を隠すための待避線でした。
 もう一つは、五日市線と同じ日に休止となり(画像①21)、終戦直後に復活した福井県の三国線に転用された(佐藤美知男「多摩の鉄道の国有化をめぐって」多摩地域史研究会会報No.86)というものです。