昭島市デジタルアーカイブズ/あきしま 水と記憶の物語

昭島の歴史

第Ⅴ編 近代の昭島

第2章 大正から昭和へ

三 太平洋戦争と昭島の人々

 戦争が終わって間もない昭和二十(一九四五)年八月二十四日、混乱した世の中を象徴するような大事故が起こりました。多摩川にかかる八高線の鉄橋で、列車同士が正面衝突をするという大事故でした。
 八高線は、昭和六(一九三一)年、八王子・高崎間に開かれた鉄道でした。現在では考えられないようなことですが、当時の通信システムや悪天候、戦争後の列車ダイヤの乱れなどの悪条件が重なって起きてしまった事故でした。
 豪雨で増水した多摩川の鉄橋で、学生や復員してきた軍人で満員の列車が正面衝突をし、死者百五人、負傷者六十七人を出したと言われる大惨事でした。昭島の地域の人々が救出に向かい、成隣小学校がその救急治療の場所になりました。

八高線鉄橋(昭和20年8月24早朝の衝突事故)写真集「多摩川は語る」より


八高線鉄橋事故のものと思われる車輪2対


八高線列車衝突事故供養塔
昭島市民秘蔵写真集より