昭島市デジタルアーカイブズ/あきしま 水と記憶の物語

昭島の歴史

第Ⅴ編 近代の昭島

第2章 大正から昭和へ

一 大正の時代になって

 明治二十七年の青梅鉄道の開通以来、昭島の人々はそれを利用してきました。明治四十一年に中神駅ができ、それまでの、立川駅や拝島駅まで出ていたころに比べると、幾分かは便利になっていました。しかし、それでも本村から離れていたために、不便さはさほど変わりませんでした。昭島の人々は、もっと本村に近いところに鉄道が欲しいという強い思いをもっていました。
 大正十(一九二一)年、五日市鉄道が創設され、大正十四年に、拝島~五日市間が開通しました。そして、昭和五(一九三〇)年、ついに拝島~立川間にも鉄道が開通しました。この五日市鉄道の拝島~立川間は、青梅鉄道と異なり、昭島の本村のすぐ北側を通るルートでした。しかも駅は、拝島、南拝島、武蔵田中、大神、宮沢、南中神、武蔵福島、郷地、武蔵上野原、立川の十駅でした。

五日市鉄道(通称,五鉄)路線図


五日市鉄道(昭和5年7月)


五鉄跡に一部復原された大神駅