昭島市デジタルアーカイブズ/あきしま 水と記憶の物語

昭島の歴史

第Ⅳ編 近世の昭島

第2章 幕末(ばくまつ)の昭島

二 江戸幕府が滅(ほろ)びる

 昭島に侵入してきた一揆は、他の地域と同様に、経済的に豊かな豪農や商人の家を次々に打ちこわしていきました。
 宮沢村の田村家が打ちこわされた様子の記録によると、
 「ホラ貝を合図に鬨の声を上げ、それぞれ白たすきをし、斧で柱を打ち切り、万力で家を倒し、壁や土蔵は、鳶ぐち・掛矢で打ちこわし、鉈で桶のたがを切(き)り離し、小太刀や棒で障子を打ち破る。その音は天に響き、砂煙は雷が落ちたようだ。」と記されています。
 田村家は酒造家であったので、大量の酒が流れ出し、中神村の用水堀が酒臭くなり、しばらくは使えなかったほどでした。
 拝島村や中神村でも同様の打ちこわしがありました。拝島村の庄兵衛の家は、何とか一揆の者を説得して、家の打ちこわしは免れたものの、米穀、家具、衣類は全て大通りに引き出され、こわされ、引(ひ)き裂(さ)かれてしまいました。
 一揆は、高利貸しや穀物商、酒造業などの穀物や財産を保有していた家を次々に襲い、打ちこわしていきました。