昭島市デジタルアーカイブズ/あきしま 水と記憶の物語

昭島の歴史

第Ⅰ編 昭島市の概観

第2章 昭島市の歴史的環境(かんきょう)

三 武士の時代の昭島市域

 戦乱が収まると、多摩川に沿った地域も、ようやく平和になりました。
 特に、多摩川と秋川の合流点に近い昭島市域の拝島村は、沿岸低地の水田の用水、あるいは、川魚による食料の補給、人員物資の輸送などにと、多摩川から多くの恩恵を受けました。
 しかし多摩川は、長雨や集中豪雨で氾濫します。この流域は、大きな被害を受けることも、しばしばでした。
 
◇なぜタマガワって言うの?
 多摩川は現在、秩父山地の笠取山(標高一九四一メートル)から流れ出て、丹波川、小菅川、日原川、秋川などを集め、下流で六郷川と呼ばれる全長百三十八キロメートルの川を指す。
 『万葉集』(~七五九年)には、「多麻川に曝す手づくりさらさらに、なにぞこの児のことだ愛しき」とうたわれ、この歌碑が狛江市にある。
 その他の古書には、丹波川・田波川・玉川とも書かれている。だからタバガワだったという説もある。
 しかし、「玉のような美しい川」で玉川とするのが通説。各地の美しい川六つを集めて、「六玉川」と言う人もいる。いずれにしても、流域の人々の生活と深くかかわってきた川である。