江戸川区立図書館/デジタルアーカイブ

えどがわ再発見

史跡探訪

新小岩香取神社

香取神社について
香取神社1
香取神社2
香取神社3

所在地:江戸川区中央4丁目5番23号  … 地図を見る

江戸川区立中央図書館へは、新小岩駅からバス停「江戸川高校前」で下車徒歩8分、その途中に香取神社があります。裏庭に神鹿がいるようなのですが、滅多に姿を見せません。


―『江戸川区史 民俗・文化・自然編(第3巻)』より―
…この辺一帯が水をたたえた芦原であった頃、武蔵国上野の台地から国府台に通ずる舟路の中程に、人家のある島があり道ケ島といった。舟人や里人は東国平定の神として知られた下総の一宮香取神社より経津主命(ふつぬしのかみ)の分霊を受け、配神として武甕槌神(たけみかづちのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)を祭った。境内には樹木を植えて舟路の目安とし、間々井神社と称したのが始めであるといわれる。
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小松菜ゆかりの里
小松菜産土神碑
社務所内の板戸
社務所内の板戸

江戸時代、代々の将軍は冬になると江戸川区近辺に鷹狩りに訪れました。享保4年 (1719) 八代将軍吉宗が鷹狩りの食事をする時、その場所として当神社が選ばれ、時の神主亀井和泉守永範がお役を受けました。
しかし、これといって差し上げるものもなく、餅のすまし汁に青菜を少々彩りとしてあしらって差し出すと、吉宗は大変喜ばれ、その葉をこの地にちなんで「小松菜」と命名されたと伝えられています。それ以来、当神社の祭事には必ず小松菜を献じて、氏子永代の繁栄を祈願しています。

(写真上より)
 小松菜産土神(うぶすなかみ)の石碑
 社務所内の板戸


冬菜(小松菜)について → 『江戸川文化叢書 第5集』 を見る

武蔵国葛飾郡西小松川村縮全図
武蔵国葛飾郡西小松川村縮全図
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江戸川区登録有形文化財・古記録
大きさ:縦134cm 横84cm

地租改正にともなう明治6年の測量図をもとに、明治11年に作成された西小松川村の全図。神主のご協力により、高精細画像で撮影させていただきました。


―『江戸川地名の変遷とその集解』 鎌倉時代の村名より―
東小松河、西小松河
現在の葛飾区の小松の地を源流とする小流を小松川(現境川)と名づけその両岸の地を呼んでいる。この小松川の沿岸は既述したように旧行徳街道椎橋の付近から上流香取神社に至るまで屈曲の多い部分に貝塚が発達して点在し古来から集落があった。(中略)東、西小松河は後世「川」と書くようになった。


「西小松川村」について
 → 『江戸川区史 民俗・文化・自然編(第3巻)』 村の旧家 を見る

境内にはさまざまな社が、土地整理により移築されています。
水神社

水神社

『ミヅハノメノミコト』をお祀り。現在の松島3丁目26番より昭和35年に移転。

大雷神

大雷神

「一之江の一つかみなり」と称され当地の農業文化に深い貢献を施しており、東一之江村福島家に江戸時代よりお祀りされていた。昭和63年に移転。

稲荷神社

稲荷神社

『トヨウケヒメノミコト』をお祀り。現在の松島3丁目27番より移転。

道祖神

道祖神

『猿田彦の命』をお祀り。現在の松島2丁目10番より昭和35年に移転。

『新小岩厄除香取神社」ホームページ を見る
亀井鳴瀬夫妻の句碑
亀井鳴瀬夫妻の句碑 正面
亀井鳴瀬夫妻の句碑 背面

香取神社第二十一代宮司亀井悦造(俳号鳴瀬)その妻キヨ(俳号杉芽女)は俳句を原石鼎に学び多くの佳品を成しました。夫妻の俳業40年を記念し句集「つちくれ」を刊行するとともに、句碑が建てられました。

鮒焼くや麦の朧が包む家
干ては枯れ濡れては大野かれはてし
                  成瀬

花人にひやかされつつ打つ田かな
蓮のみち蜆売りなどそれて来し
                  杉芽女


江戸川区内の歌碑と句碑 → 『江戸川文化叢書 第2集』 を見る