江戸川区立図書館/デジタルアーカイブ

えどがわ再発見

「江戸川遺産」を歩いてみよう

通称「松江の同潤会」(正式には関東大震災のあとに同潤会が建てた「東小松川普通住宅」)と呼ばれる住宅の跡を訪ねます。
昔の「河原道」や「中堰川」跡の道沿いに歩いていくと、同潤会住宅のあったエリアでは今でも升目状に区切られた敷地を確認できます。住んでる人はもういませんが、当時のまま残っている貴重な住宅の姿を数軒見ることができます。
 
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1.河原道始点

1.河原道始点

江戸川の対岸下総国河原村へ渡る河原の渡しが下篠崎村にありました。河原の渡しへ至る道を河原道と呼び、区内には元佐倉道から松本村を経るものと、行徳道から谷河内を経て至る道が代表的でした。ここは元佐倉道から分岐点の道標になります。

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2.中央三丁目公園

2.中央三丁目公園

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3.和田精糖江戸川工場

3.和田製糖江戸川工場横

和田製糖は昭和27年 (1952) 創業の独立系製糖メーカーです。江戸川区の工場で業務用の精製糖、含蜜糖の製造を行なっています。地域の教育活動支援の一環として、大杉小学校の工場見学を毎年実施しています。

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4.「河原道」確認

4.河原道

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5.「中堰川」跡の道へ

5.中堰川跡

中堰川は、小合溜井を水源とする上下之割用水から細田村(葛飾区)で分かれた用水路中井堀の支流でした。西一之江村、大杉村、東小松川村の境を流れ、周辺の灌漑用水に利用されていました。

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6-1.大杉神社鳥居
6-2.大杉神社参道
6-3.大杉神社の狛犬(阿)
6-4.大杉神社の狛犬(吽)

6.大杉神社

旧一之江村の鎮守の天祖神社で祭神は天照大神です。高く積み上げられた溶岩の上に力強く掘られた狛犬がたっています。徳川家康が鷹狩の際に休息の場になったと伝えられています。

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7.同潤会通り

7.同潤会通り

大正13年 (1924) の開発構想によれば同潤会通りは千葉街道と行徳街道を結び、中心に円形空地を2ヵ所設けるものでした。

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8.同潤会住宅エリア(北)

8.同潤会住宅エリア(北)

同潤会住宅は、社会福祉事業の一環として財団法人同潤会が大正14年 (1925) に東小松川5丁目(現中央2丁目)の借地25,560坪に建てたものです。同潤会アパートとは違い木造長屋住宅で、松江は最大規模の576戸建てられています。平屋は6畳と3畳で家賃は5円20銭、店舗は2階建てで6畳と3畳と土間2坪で家賃は5円から7円40銭でした。平成29年 (2017) 現在、当時の建物が数軒残っています。

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京葉道路

9.京葉道路横断

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「同潤会住宅」跡南エリア

10.同潤会住宅跡

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11-1.四軒長屋
11-2.四軒長屋東側

11.四軒長屋

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12.一軒屋跡

12.一軒屋跡

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13.隣保館跡

13.「隣保館」跡を望む

現京葉道路との交差点付近には地域の中心の公共施設街区とし、六角形のホールも持つ隣保館や食堂、授産施設などが集中して置かれていました。

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14.「母子寮」跡

14.「母子寮」跡(現松江二丁目会館)

昭和28年 (1953) 3月に母子世帯に健全な家庭環境を提供する目的で松江に設置されました。

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15.城東電車軌道跡

15.城東電車軌道跡

城東電車は大正6年 (1917) に錦糸堀と西荒川間に開通、その後同14年 (1925) に東荒川と今井間も開通し江戸川区から市中心部への交通は急激に開けました。

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16.「舟入川」跡の緑道

16.向堰川跡の緑道

船堀の舟入川(向堰川)は前堰川から分かれ、船堀街道にそって新川に合流していました。現在では埋め立てられて船堀グリーンロードになっています。

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【 江戸川区立図書館/デジタルアーカイブで見る 】
 ・「区内の街道と古い道」について → 『江戸川区史 通史編(第1巻)』
 ・「河原道」について → 『江戸川区の文化財 4』
 ・「社会福祉 民間社会福祉事業」について → 『江戸川区史 行政編(第2巻)』
 ・「建築 昭和期(戦前)」について → 『江戸川区史 行政編(第2巻)』
 
【 江戸川区立図書館/資料所蔵状況 】
 ・「同潤会」について
  → 『同潤会基礎資料 第1巻』(柏書房)
  → 『同潤会基礎資料 2第3巻』(柏書房)
  → 『同潤会基礎資料 2第10巻』(柏書房)
  → 『集合住宅団地の変遷』(鹿島出版会)