練馬区立貫井図書館/練馬区立貫井図書館デジタルアーカイブ

中むらの昔

新屋敷の子供歳時記

七観音と良弁塚

 首継ぎ地蔵の北側の道を西に進むと、ねの権現に通じる道(中村橋方面)に突当りますが、その四叉の所に「見まい、聞くまい、話すまい」の身振りをした三匹の猿が刻まれた庚申様がありました。御嶽様を右に見て北に進む(豊島園方面)と、左側に、こんもりとした杉木立に囲まれた七観音と良弁塚があります。
 むかしむかし、一人の立派なお坊さんが居ました。お坊さんは「生きている限りお経を唱えていたい。鉦の音が絶えた時は、私が成仏した時です」と言って、たった一本の竹を空気穴として立てた地中に入ってしまいました。そして真暗な穴の中で、鉦を叩きながらお経を唱えていました。次の日も、その次の日も、地の底から鉦の音が聞えてきました。七日たち、八日たつうちに鉦の音はだんだんと弱々しくと絶え勝ちとなって来ました。そして-、やがて或る日、とうとう鉦の音は聞えなくなってしまったと云う事です。
 人通りの絶えた夕方、そのあたりを通ります時「カンカンカン、カンカンカン」と、杉木立の何処からとも無く、鉦の音が聞えるような気がして、とても恐ろしく、そこだけは呼吸をつめて一気に走りぬけたものでした。
 時々、遠くの森影から念仏講の鉦が聞えて来ることがありました。宿に当った家の人が、今夜の念仏講を知らせる為に叩くのです。「カンカンカン、カンカンカン……」と、夕暮れの静けさの中から聞えて来る鉦の音は、聞いた事の無い筈の、七観音の鉦の音に思えて、それはそれはうら淋しく聞いたものでした。