日本ラグビーフットボール協会/日本ラグビー デジタルミュージアム

日本ラグビーフットボール史

戦後の国際交流

Ⅴ 花開いたセブン・アサイド(7人制)ラグビー

 7人制のラグビーで世界的に知られた大会のひとつに「香港セブンズ」がある。日本協会が発行する機関誌でも1994年の5月号の表紙は、香港ガバメントスタジアムで戦う日本代表の写真である。パイプの骨組みと帆布のようにもみえる独特の屋根で覆われた満員のスタンド風景は、亜熱帯のこの大会がもつ大きな魅力のひとつ。一度その雰囲気の中に身をおくと、われわれ日本人は7人制ラグビーの観戦というより青空の劇場で、動きの激しい野外劇を鑑賞しているような錯覚すら覚えてしまう。香港セブンズが国際的に高い評価を得ているひとつの理由かもしれないが、その歴史は意外に新しい。日本のYA&ACセブンズに遅れること17年。セブンズの経験という点では戦前も含めて日本のほうがはるかに先輩といいたいところだが、その日本で7人制ラグビーヘの関心が高まったのはジャパンセブンズが世界に窓を開いた第3回大会から。したがって世界が認めるセブンズの実績では、すでに第2回と第4回のワールドカップ・セブンズの開催地に選ばれたことでもわかるように、香港セブンズということに落ちつくのかもしれない。
 
 ところで、日本協会はその香港セブンズに第1回大会(1976年)からセブンの日本代表を送っている。日本協会に残る記録によると、日本代表は初参加の第1回大会から第4回大会まではカップ(決勝)トーナメントに進んでいるが、いずれも1回戦で敗退。1980(昭和55)年の第5回で初めてカップトーナメントヘの進出を逸して、プレート(敗者)トーナメントヘ回ったが、ここでは初の優勝を決めている。翌1981(昭和56)年の第6回、1982(昭和57)年の第7回大会では2年連続でプレートの決勝進出をはたしているものの、トンガ韓国にそれぞれ敗れて準決勝どまり。敗者グループでもいまひとつ生彩を欠く不振の時代がつづいた。
 
 その間、香港セブンズは参加国の増加にともない1984(昭和59)年度の第9回大会から、それまでのカップ、プレートに加えて、予選リーグの敗者によるボウルトーナメントを新設。大会は3階級制で再スタートすることになったが、この年の日本代表はなかなか好調。新しく2位グループの決勝トーナメントに格上げされた新プレートトーナメントで決勝まで進んだものの、やはり豪州の壁に阻まれ20-26の6点差で敗退した。その後の日本代表はボウルトーナメント常連とやや低迷気味。ようやく1989(平成元)年の第14回、1990(平成2)年の第15回と2大会連続でプレートトーナメント、それも決勝まで進むなど、優勝目前までいくが、第14回はトンガに14-32、第15回は地元香港に12-33と大差の敗退を繰り返した。日本代表がボウルトーナメントではあるが、優勝杯と名のつくものを手にしたのは1995(平成7)年の第21回大会。実に17年ぶりのことだった。つづいて1999(平成11)年の第25回大会では、格上げされたプレートトーナメントでも初優勝。香港セブンズでの日本代表としてはアマチュア時代最後の記念すべき優勝ともいえる。
 
写真・図表
香港セブンズの殿堂ガバメントスタジアム

 
 翌2000(平成12)年から香港セブンもIRB主催の「ワールドセブン・シリーズ」に組み込まれ、また、2003(平成15)年度には再び大会名称が「IRBセブンズ香港」と改称されたが、この年度も日本代表はボウルトーナメントの決勝どまり。アメリカに0-20と完敗している。日本協会技術委員会によると「7人制は日本ラグビーのボトムアップを図る上で重要な活動として強化に取り組んでいる」そうだが、香港セブンズはじめIRBセブンズのサーキットでの成績はボウルトーナメント、あるいはプレートに進んだとしても、その上のカップトーナメントには手が届かない。といって悲観的な材料ばかりでないことも事実。例えばセブンズのワールドカップアジア予選(スリランカ・キャンディー)では決勝トーナメントの準決勝でライバル韓国を22-0、決勝で中華台北を38-19と連破して2005(平成17)年の第4回ワールドカップ香港大会のアジア代表となっている。ここで明るい材料と強調するのは、7人制ラグビーでは日本の上をいっていた韓国に完勝したことがその理由。
 ワールドカップセブンズの本大会では予選リーグ5試合で、フィジー、豪州には敗れたが、カナダ、ポルトガル、香港(開催国)に勝って3勝を記録し、初めてプレートトーナメントに進出するなど、強化スタッフの努力は確実に実を結びつつあるといえるだろう。残念ながらプレートでは準々決勝でロシアに5-29で敗れたものの、第1回WC’7s(スコットランド)がボウル優勝、第2回WC'7s(香港)がボウル準優勝、そして第3回WC'7s(アルゼンチン)はマレーシアでのアジア予選を勝ち抜いたうえでの出場ではあったが、やはりボウル準優勝に終り、3大会連続でボウルトーナメントからの脱出に失敗している。これら過去の大会実績を考えると、第4回WC'7大会の結果(プレートT・準々決勝進出)は、日本協会技術委員会が掲げる「2009年ワールドカップセブンズTOP・8再チャレンジ」に一歩近づいたともいえる。セブンズ日本代表の未来に期待したい
(注)第2回WC'7sからIRB加盟国が増えたこともあり、大会参加国すべて予選を勝ち抜くことなどが条件となった。