日本ラグビーフットボール協会/日本ラグビー デジタルミュージアム

日本ラグビーフットボール史

日本協会の設立と興隆時代へ

Ⅲ 大学ラグビーの興隆

 早稲田大学ラグビー蹴球部が1927(昭和2)年7月13日、神戸港出帆の日本郵船安芸丸で海外遠征の壮途についた。海外への門戸を開くというか、日本ラグビーの国際交流という点では慶應義塾蹴球部の中国・上海遠征(1925(大正14)年12月)を嚆矢とするが、遠征地が南半球オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ(NSW)州だったこと、期間が73日間という長期間の遠征だったこと、そして宗主国英国に連なるラグビー先進地域だったという点で「破天荒の遠征」と国内関係者たちの度肝を抜いた。
 
 早稲田ラグビー六十年史は、5戦して勝利なしの5敗だったことを記したうえで「ある豪州の新聞には、身体に著しい差のある間、どんな遠征も勝敗に関する限り、無理だといえる。まず体力差をなくし、対等に戦える日の早く来るのを望みたい」と報道されたことにもふれている。しかし、「フォワードとバックスが一体となっての総合的プレーに欠けていた点を反省。さらにオープンプレーに徹し、球を生かすことを見習い、後に、ゆさぶり戦法といわれるようになった展開の仕方を学びとったことは大きな収穫だった」ことを強調。「打倒慶應」一事のためにやってのけた当時としては「アドベンチャー的」遠征が決して間違っていなかったことを、早慶戦の初勝利、そして早明時代の到来で証明している。
 
 ただ帰国の途についた遠征チームの実情はかなり厳しい雰囲気の中にあったようだ。往路はともかく、帰路にいたって問題が起こったことを早稲田ラグビー六十年史は次のように報告している。「往路からの緊張、試合の疲労は、復路になって一時に開放され、無為の航海が続くと、誰しも精神的、肉体的、異状ををきたすものだ。(中略)目前に迫るシーズンに、遠征の成果をも示されないとすれば、と本領は責任を痛感し、チームの刷新をはかるため、自ら退き、主将を滝川末三に譲ることにした」と─。
 
 2006年1月8日。早稲田ラグビーは31大会ぶりに大学選手権2連覇をはたした。国立競技場をおおう冷気と感動の輪。それらを突き破るような「荒ぶる」の雄叫びに引きつけられながら、かつて彼らの先達たちが挑んだ往年の豪州大遠征の記述がだぶってきた。い日本協会創立80年を記念する歴史と取り組んでいる。早稲田の関係者たちがあの大遠征をどのように評価しておられるのかはともかく、日本ラグビーの歴史を追うひとりとしては、「北風の栄光」すべてのストーリーが、昭和2年の豪州遠征から発しているように思えてならない。
 
 早稲田が最初の海外遠征地に選んだ豪州ラグビーの歴史は古い。国家の形態は宗主国大英帝国の自治領だったが、早稲田が遠征した頃の豪州には、日本の関東協会や西部協会に相当するラグビーの地域統括機関としてニュー・サウス・ウェールズ(NSW=1874年)はじめ、クイーンズランド(1883年)、ビクトリア(1888年)、そしてウエスタン・オーストラリア(1893年)の4協会がすでに活動。英本国との交流の歴史としても、NSW協会が1888(明治21)年にイングランドのチームを迎え、またNSW協会とクイーンズランド協会選抜の代表チーム、「ワラビーズ」が1902(明治35)年度シーズンに第1回の英本国遠征を行うなど、自治領だったとはいえラグビー先進国の一角を形成していた。従って早稲田が遠征したNSWはレベルも高く、ラグビー研鑚のツアーとしては、慶應、明治が相前後して行った上海遠征とは同一に論じられないものがある。なお、豪州全土を統括するオーストラリア・ユニオンが設立されたのは戦後も1949(昭和24)年のこと。同じようなケースにユニオン創設が1929(昭和4)年というカナダがある。
 
早稲田大学ラグビー蹴球部 オーストラリア遠征メンバー】
 団長:喜多壮一郎(教授)
 監督:木村文一
 主将:本領信次郎
 
FW:寺田半三 渥美利三 太田義一 清水定夫 木村興人 山下龍雄 兼子義一 助川貞次 坂倉雄吉
HB:丸山守一 飯田講一
TB:西野綱三 馬場英吉 滝川末三 砂堀功
FB:中島章 小船伊助 (以上20人)
【遠征日程】
 出発:▼東京駅発(7月11日)▼神戸港出帆(7月13日)
(寄港地は長崎、香港、マニラ、ダバオ、木曜島、ブリスベーン)
▼シドニー着(8月9日午前10時)
 帰国:▼シドニー出帆(8月27日)
(寄港地はマニラ、香港、長崎)
▼神戸港着(9月23日)=遠征チーム解散
【試合日程と成績】
①8月13日(St.Kilda Oval Ground)
早稲田-Victoria州代表〇
 19(11-19、8-38)57
②8月16日(メルボルン大学グラウンド)
早稲田-M&S大連合〇
 12(3-11、6-24)35
(注)Mはメルボルン、Sはシドニーの略
③8月20日(Agricultural Show ground)
早稲田-NSW〇
 6(0-11、6-20)31
(注)New South Walesの略
④8月24日(Manly Oval Ground)
早稲田-Metropolitan club〇
 23(11-22、12-11)33
⑤8月27日(シドニー大学グラウンド)
早稲田-シドニー大学〇
 3(0-6、3-11)17
(注)他に遠征の往路で寄港地マニラ、帰国時の寄港地マニラと香港で地元チームと各1試合を行い、いずれも勝っている。