港区/デジタル版 港区のあゆみ

新修港区史

第一編

第六章 近代

第一節 明治前期の港区

(六) 転換期の産業経済

(4)勧農政策と三田育種場

 西洋農具の使用奨励が積極的に行なわれたが、西洋農具貸付について、明治十年十二月二十日付の麻布新笄町一番地の近藤慶三郎から東京府勧業課に出された請書が当時の様子をものがたっている。そこには、
 
ハンドホーレーキ 二   大ホーレーキ 二   ホー 二
ホー 小の方 二   ガーデンツロール 一   ウイチングホーク 一
ホイントショブル 一   二本爪ホーク 一   三本爪ホーク 一
ロングマットック 一   芝刈 一

 
総計一一種類一五点の品々がみえている(『東京府史』行政編第二巻)。
 このような農具普及に寄与したのが、三田農具製作所であった。明治十二年に三田育種場内に付設され、同十三年より独立し、農務局所属の三田農具製作所と改められたものである。