多古(たこ)町/多古町デジタルアーカイブ

多古町史

地域史編

旧多古町

染井(そめい)

教育・文化・人物

 私塾
 平山源兵衛 染井・夕東(ゆうひがし)の人で、学を好み農事の傍ら近隣の子弟に読書を教えた。
 〓(どう)我堂義得 平山源兵衛にかかわりのあった師匠といわれ、妙暹寺境内に、村内縫之丞・作兵衛・治左衛門・佐左衛門・縫左衛門・孫右衛門・孫兵衛・源右衛門・多古村喜兵衛・仲佐野藤左衛門・東台村小左衛門・東佐野四郎兵衛を世話人として、四隣十数村の門弟一四一名が明治二年正月に建立した墓碑がある。
 碑には、「磨墨院塵點日久居士 京都室町殿小川中納言藤原家嫡男 釋文碩門人 〓我堂義得墓 辞世まほろしや 枕にはなの 散れる影」と刻まれている。
 渡邊治左衛門 染井の人である。同家は江戸末期に名主を務めた家で、治左衛門は日蓮宗の信仰に厚く、学問に長じ、農事の傍ら近隣の子弟に読み書きを教えた。