多古(たこ)町/多古町デジタルアーカイブ

多古町史

地域史編

旧多古町

水戸・石成(みと・いしなり)

路傍の小祠・石宮・石塔など

 道祖神
 道祖神は村に禍いの入るのを防ぐ神といわれるが、石成では旧道の東西二カ所に祀られている。
 その一つは字宿ノ台一一二四番の一の、広沼から石成・林への旧道入口にあり、小祠と「道祖神 西 おは(は)らこ いわやま さくら 東 たこ いと山 さは(は)ら 中むら 松さき おみ川 南 山なか よこ志ば とう金 志ば山 はに(に)谷 いわ富 文化十一甲戌年(一八一四)十二月吉日 當所寄附鈴木国治郎」の石塔がある。
 もう一つは字西ノ台一二五七番地、水戸からの入口で、楠の古木の下にあり、「宝暦三癸酉(一七五三)二月吉日 施主石成半右衛門」と刻まれている。
 水戸の道祖神は、集落の内で三カ所に点在している。その一は字高岡台一〇九〇番にある。水戸から石成雷電社へ行く坂道の途中の左手にあるが、古くは字新谷内の船越村境に近い三差路にあったといわれている。石宮(高さ約五〇センチ)は摩滅して刻字の跡も見られない。
 字西ノ谷一三二〇番の道祖神は、集落北側の丘の稜線に沿って東西に走る道を行ったところの、三社大神西方の路傍にある。石宮(高さ約四〇センチ)には刻字がなく、神前の奉納石で道祖神と知るだけであるが、道祖神が祀られたことから考えると、この道は旧街道であろう。
 もう一つは字海老谷七二九番の一の、島からの入口にある。その石宮(約五三センチ)には「  巳九月平山権八郎 石井徳助 竹雄 藤四郎」と刻まれている。
 記念碑
 多古橋川畔の字宿ノ下一八九番の一に建てられている記念碑には、友納武人千葉県知事の筆になる「多古町土地改良竣工記念」の題字と、事業面積は三六〇町歩で、期間は昭和二十九年二月二十四日から同三十三年三月二十日まで、総工費が八千八百万円であったことや、関係役員の氏名が刻まれている。
 また、さきの字海老谷の道祖神と並んでいる石碑(高さ約一メートル)には「農村電化記念碑 水戸電化協会之建 昭和六年十一月三日 寄附者一金参百圓也東京高岡朋三殿 一金壱百圓也東京平山忠次郎殿 一金五拾圓也久賀村菅澤重義殿 東京電燈株式会社八日市場出張所長佐野幸 多古派出所長伊藤千三 発起者平山俊一郎(利用者として刻まれている二九名の氏名省略)」とある。ランプから電灯に移ったときの記念であろう。
 庚申塔 字登戸一二五四番の雷電社参道に立っている。神像が浮き彫りになっているが、刻字は判読できない。
 馬頭観音 字高野田一三一八番の三社大神北側の旧道沿いにある。馬の爪切場跡で、石宮(高さ六〇センチ)には「南無妙法蓮華経 馬頭観世音 享和二壬戌(一八〇二)三月吉日」と刻まれている。
 八幡様 字西ノ台一二四九番にある。雷電社北側の畑の中で、亜鉛葺き雨屋に覆われて立っている。「延享四卯(一七四七)正月吉日 甚左衛門」と刻まれている。
 もう一つの八幡様が字鳥喰八〇二番に鎮座する。船越との村境いの林の中で、石段を三〇段ほど登った中ほどである。まわりを彫刻で飾った木造小宮で、棟札に「享保十二丁未(一七二七)十一月大吉日 蓋新清浄鎮守正八幡大〓改之意趣者井田氏息女病気之砌ニテ女之祖母清信女頻乞求国玆吉日良辰撰之 今般己濁乱邪曲破廃清浄無染之鎮守正八幡大菩薩奉勧請者也 若〓上徠〓丹誠施主所願成弁除災安全 願主下総水戸村井田六郎兵衛祖母」とあって、勧請の趣旨・造立の年月を明らかにしている。