多古(たこ)町/多古町デジタルアーカイブ

多古町史

地域史編

旧常磐(ときわ)村

東松崎(ひがしまつさき)

宗教/神社・寺院

 これら小社のほか、境内には幾つもの奉献物や古木が見られるが、その主なものを記してみると、次のようである。
 拝殿内にある二個の金燈籠には「奉寄進松崎大明神 元禄七甲戌年(一六九四)八月吉日 山倉村斉藤五兵衛 田部村斉藤与三右衛門 神主重久代 福田村伊能三右衛門 伊地山村岩沢与右衛門」「奉寄進松崎稲荷大明神 元治元甲子年(一八六四)初夏吉辰 寄主平野右仲」とそれぞれ書かれている。
 御供台石は、北条塚中央部頂にあり、諸儀式が行われるときに供物を載せる台である。「寛政九丁巳(一七九七)十一月吉日 佐藤甚左衛門忠政」の文字が見られる。
 石造りの鳥居には、「奉寄進惣氏子中 奉寄進御神矢講中 弘化二乙巳年(一八四五)八月吉日」とあり、続いて木造の鳥居が建てられているが、これは、もとは東に聳える「しらせの松」と現在地の中間に道路を跨いで建てられていたもので、一の鳥居と呼ばれていた。昭和五十年代に県道拡張工事が行われたとき移されたものである。
 燈籠が三基あり、それぞれに「宝前 元禄十三天庚辰(一七〇〇)三月日 小見川高橋嶌之助倶良」「常夜燈 元治元年子(一八六四)四月吉日 鳥羽村細根 兵衛同隠居」「常夜燈 大正六丁巳三月十五日 当区平野長兵衛 同文次郎 同友三郎 古城村万力鈴木さた」と刻まれている。
 また昭和四十三年十二月に建立された「松崎重雄頌徳碑」がある。松崎家は先述のとおり歴代当社の宮司を勤めた家柄で、村の行政にも大きな業績を残し、重雄が同家では最後の宮司であった。
 続いて昭和四十一年丙午三月に建立された平野範治宮司謹書になる「神幸祭記念碑」などの記念碑が立ち並んでいる。