多古(たこ)町/多古町デジタルアーカイブ

多古町史

通史編

第三章 中世

第三節 中世後期――室町時代中後期・戦国時代――

二、板碑(いたび)に見る中世の信仰

 多古町林字長者屋敷一二六五番地にあった愛児塚の土中に完全に砕かれた五輪塔とおぼしい石碑の破片が埋められていた(現在、多古町公民館に保管)。石材は飯岡石で、その一片に「延応二年庚子 月七日」と刻まれている。鎌倉時代の一二四〇年であるこの年は七月十六日に改元されているので、その改元がこの地に早期に伝わっていたとすれば七月以前のことになる。この年は平将門が敗死した天慶三年(九四〇)からちょうど三百年目に当たるところから、この乱で討死したという伝説のある林の長者小嶋政国の三百年忌に建立したものという説がある。故意に破壊して塚に埋めたらしいのであるが、この破壊は何によるものであろうか。東京学芸大千々和実教授はその調査報告で「平安末期から鎌倉初期に流行した五輪塔形式と共通するものであり、これを延応頃のものと認めて、いささかも差支えないと考える」と述べている。