多古(たこ)町/多古町デジタルアーカイブ

多古町史

通史編

第一章 原始時代

第一節 縄文時代

 紀元前二、三世紀ごろ弥生時代に移る前の数千年ないし約一万年の期間は縄文式文化の時代、一般には縄文時代と呼ばれる。この時代を代表する縄文式土器とは、粘土の表面に縄(なわ)目の文様を(縄をそのまま巻きつけたり、あるいは縄などを巻きつけた棒を回転させて)つけた土器である。この文化は広く日本全土にわたって分布しているが、その中心は東日本にある。この時代の石器は精巧さと豊富さでは東北地方が格段にすぐれており、また造形的にすぐれた土偶は、東北に始まり関東・中部地方で盛んに作られている。しかし西・南の文化が関東・東北に及ぶ場合も見られ、関東地方は北からも西・南からも異なった文化の刺激を受け、より高度な文化を作り出してきたのである。
 縄文時代の人々の生活を支えたのは狩猟と漁撈であるが、それらは自然条件に依存した採集経済であって、技術的には低い段階にとどまっていた。生活は主に家族単位の自給自足であり、食料の保存・貯蔵は未発達であったから貧富の差も少なく、したがって階級は生まれなかった。
 彼らの社会は主として血縁関係によって結ばれており、初期には二、三戸から十数戸程度の小集落を形成し、定住性も少なかった。しかし時代が下るにつれ戸数や人口も増加し、三、四十戸、百~二百人ぐらいの集落も出現し、定住性も増してきたようである。
 そこでは経験豊かな長老に統率されて猪・鹿などの狩猟が集団的に行われ、その獲物は平等に分配されていたと考えられる。