東金市/東金市デジタル歴史館

東金市史

総集篇五

第一二篇 文化団体

(四) 文化活動団体

 名の示す通り、千葉県全域を対象とした詩人のあつまりであるが、この事務局が、東金市田間二三四一の五番地高安義郎氏宅にあるため、市内のこの道への貢献は大きい。
 千葉県詩人クラブは、日本文芸家協会々員日本ペンクラブ会員・日本現代詩人会理事の荒川法勝氏が昭和四〇年(一九六五)四月一〇日設立したものであり、設立当初の会員四〇名が今では八九名の多数にのぼっている。
 この会に荒川法勝氏を助けて、今日の隆昌をもたらした者、それは現在顧問の立場にある元千葉県議会議長、ふるさと詩人主宰の鈴木勝氏である。
 設立当時、山武郡市においては、鈴木勝・高安義郎・藤沢ミツ子の三氏がこれに加盟し、山武郡市内の加入者増強に当たっており現在郡市内会員は一一名を数えている。(東金三、大網白里町一、成東町四、九十九里町一、山武町一、芝山町一)
 この会の会費は年間三、〇〇〇円であり、県詩集発行には四、〇〇〇円を徴収する。
 会誌としては、千葉県詩人クラブ会報(季刊)アンソロジー「千葉県詩集」(年一回)があり会誌は八八号を数えるに至った。
 定例会は、幹事会、総会で主として運営上の問題が協議され、会報や詩集の刊行並びに文芸講演会等が議題となり論議されている。
 かつて東金市を中心にした詩作の集いが多く見られたが、今和歌、俳句等に比してこの道は表面化していないが、詩心をもって一人静かにペンをとる者も多い現状に鑑み、「詩の会」結成の動きも胎動しつつある。
 ところで、東金文化協会発行の「東金文化」に鈴木勝氏の稿「東金市地方の詩運動について」、がある。これによると、「千葉県の詩運動の中で、東金地方の人々の果した役割は、可成り重要であって、そのうち、小原義正(東金市殿廻の産・故人)と三枝幸雄(九十九里町出身・故人)の二人は見逃すことは出来ない。戦後の土屋公平や私などの第二次千葉詩人会、又最近の荒川法勝・杉谷徳蔵の千葉県詩人クラブも、小原・三枝の第一次千葉詩人会を継承したものと見て差支えないと思う。」と書かれている。
 東金地方では、詩の本も数多く出されていたようである。今、それらの雑誌の一、二にもとづいて、東金地方の詩運動についてしのんで見たいと思う。資料として手もとに届いたものから記述すると
1 大正一一年「訪れ」(花沢亨)(九十九里の人)(東金瑞穂堂)
2 大正一二年「彗」(篠崎徳太郎)(多田屋)
3 昭和二年 「星」(多田屋)
4 昭和二年 「砂丘」(関根智三郎)(スナオカ社)
5 昭和四年 「大地の群」(東条高顕)(大地の群社)
6 昭和六年 「つゆくさ」(森川芳巳)(露草社)
7 同    「小羊の群」(東条久吉)(小羊の群社)
8 同    「文芸陣」(関根智三郎)(スナオカ社)
9 昭和七年 「くさじる」(関根吟月)(草汁堂)
10 昭和一一年「はこぶね」(富助一)
  等の雑誌があり、更に
1 昭和六年 「春の訪れ」(行木勝雄著)
2 昭和八年 「歌集九十九里」(大胡源治)(成東)
3 昭和二四年「雀子句集」(石井雀子)(長尾)
4 昭和二五年「光藻」(東金短歌会)
5 昭和二五年「夕浪」(金坂花影)(油井)
等の歌集・句集がある。
 これらの雑誌は、「小説・コント・短歌・詩・民謡・俳句等」応募作品によって紙面が飾られており、その掲載人数は十指を下らない盛況ぶりで、誠に格調の高いものがある。
 更にこれらの雑誌は会員、会友制をとっており、二~三つの雑誌社に関連をもつものもあるが、よく見かける名は、
 小原義正・三枝幸雄・篠崎徳太郎・栗原登・荒木清・鈴木勝・富助一・鵜沢覚・中西月華・関岡一葉・篠原蔵司・行木勝雄・松本常治等々を始めとして多数あり、その総てを記載することは省略したい。
 この道発展のためであろうか、顧問を置いてある会もあり、「大地の群」の如きは、「梅原龍三郎・井口正名・今関啓司・山崎省三・石井林響・大野隆徳・堀田有恒・佐久間鼎・鵜沢総明等の有名人の名をあげており、小倉文彦・小川正義・佐瀬篤郎・大野秀一・篠原蔵司・飯田吉兵衛・古川伝七・岩佐春治・石毛千代松・渡辺茂・田波啓・塚田芳太郎・石渡晃・吉野玄武・小川荘三郎等々の地方の有力者の名を役員として連ねてあることもこの雑誌の性格を暗示しているようである。」と鈴木勝氏は述べているが、こうした詩運動に協力した人々を持つ東金市は、詩作活動が現在なお活発であることを知ることができるであろう。
 なお、鈴木勝氏の詩は、やさしく、しかも高雅な静和の詩風として知られており、郷土の美をうたい込んだものが多い。