東金市/東金市デジタル歴史館

東金市史

総集篇五

第一二篇 文化団体

(三) 東金文化団体協議会加盟諸団体

 昭和五二年(一九七七)一月二五日、第一回句会が松本恒春(常治)氏の呼びかけによって、新宿飯田三小子氏宅を会場として開かれた。
 これが東金俳句会の起こりで、第一回句会には九名が参加、協議の結果二月以降鵜沢玻美氏を軸として東金図書館で毎月例句会を催すことをきめたのである。
 ここに至るまでの経緯であるが、俳句会発足を呼びかけた松本恒春氏は、
 
「東金地方における俳句界は、古くからかなり盛んであったことは、昭和五八年一一月道庭区(東金市道庭)共同墓地へ復元された左明句碑によっても推察できるが、最近故人となった関岡一葉・雉子島雨城・石井雀子・古川申文・小川青果子・佐久間開釜・広瀬九十九・水野小蝶女氏等の活躍した明治後期から、大正・昭和期においても、盛大に句会が催されており、現在生存している醍醐桃洲・子安帰路夕・宮内雨村子・醍醐雅残・小川竹椿・川島農夫也氏等の有力メンバーがありながら、現在においては、飯田三小子氏中心の女性のみによる「さゞなみ会」が続いているが、男性が低迷状態にあることを心配した東金市文化団体協議会長小川一郎氏が偶々昭和五一年末、船橋から東金へ復帰した私に盛り立て役を依頼、そこで前記各位に呼びかけて第一回句会を開き、図書館を会場に句会をひらいていたが、その後鵜沢玻美氏が理事長をしている両総土地改良事務所の両総会館理事室で催し、現在東金市中央公民館で例会を開くようになっている。」
 
と話している。
 始め九名だった会員は、一年後の句会(昭和五三年二月)には二八名となり、五三年一二月には三〇名、五四年一月には五〇名と急激に会員をふやし、その後多少の退会・入会をみて現在(昭和五八年一二月)五〇名の会員をもっている。
 昭和五二年東金市文化団体協議会の発足するや、直ちにこれに加盟(加盟人員三八名)した。
 定例会は毎月一回第一土曜日をあて、会場は東金市中央公民館である。
 会費は年一、五〇〇円であるが、会誌は発行していない。
 会長は鵜沢玻美氏である。
 主な年間行事としては、東金市文化展(毎年一一月初旬)に参加、また鵜沢玻美氏所属の欅会(九十九里町の俳句会)と合同句会を不定期ながら催している。
 (東金俳句会規約)
第一条 この会は東金文団協に属し、東金俳句会といい、事務所を東金図書館内に置く。
第二条 この会は、俳句を愛好する者を以て組織し、俳句を通して教養を高め、以って文化の向上に寄与し、会員相互の親睦をはかることを目的とする。
第三条 前条の目的を達成するため左の事業を行なう。
    俳句会の例会は毎月一回とし、臨時句会および大会等は適時開催。
    俳句に関連する研修会、協議会等の開催。
    俳句に関し、吟行会・散歩会・講演会等を行なう。
    其の他必要と認めること。
第四条 この会に次の役員を置く。
    会長一名、副会長二名、幹事若干名(内二名は会計を、他は庶務を担当する。)役員は会員の互選とする。
    役員の任期は一年とする。但し再選を妨げない。
第五条 この会の経費は、会費・補助金・寄附金を以ってこれに当てる。会費のうち年会費は一、五〇〇円(五七年度)とする。
第六条 この会の会計年度は、毎年四月一日に始まり、翌年三月三一日に終る。
第七条 この会の規約改正は例会において出席会員の多数決による。
 附則 この規約は、昭和五五年四月一日より施行する。