東金市/東金市デジタル歴史館

東金市史

総集篇五

第一一篇 医療施設

三 千葉県東金保健所

○所在地 東金市東金九〇七-一
○所長 鈴木貞三
○管轄区域 東金市・大網白里町・九十九里町の一市二町
○概要
 明治から大正にかけての衛生行政は、防疫(えき)を根幹とした取締りと開業医制による病院・診療所等によって運営された。
 大正末期から昭和初期にかけての社会問題の深刻化や公衆衛生対策の必緊性は、健康相談所の開設や小児保健所の設置の方向へと進んだ。
 また、無医村の存在は、人口二~一〇万を単位として、衛生行政の万般の事務を掌握する保健所の設置を要求した。
 昭和一二年(一九三七)保健所法が制定され、これを受けて東金町にも昭和一九年(一九四四)二月二八日、東金保健所が設置され同年一〇月一日、東金一二一五番地で業務を開始した。
 昭和二三年(一九四八)五月一日、花柳病診療所が併設され、手狭になった保健所は、昭和二五年(一九五〇)五月三〇日、東金九五七番地に新築移転し、名称を山武保健所と改めた。
 始めは、郡内一圓がその所管区域であったが、昭和二七年(一九五二)松尾町に松尾支所を開設、ついで昭和二九年(一九五四)三月二八日、松尾保健所の独立により、一市三町と所管区域は減少した。
 これにより、ふたたび東金保健所と呼ぶようになった。昭和四一年(一九六六)保健指導課が置かれ、四課制をとるようになった。
 昭和四四年(一九六九)、土気町が千葉市に編入されたことによって、はじめに述べたように、一市二町を担当する。
 昭和四六年(一九七一)、新庁舎を東金九〇七の一に新築し、現在に至っている。

東金保健所

 保健所は、公衆衛生活動の中心的機関として、地域住民の健康管理に重要な役割りを果しているが、その業務内容は四課制という次の組織の中で推進されている。

(保健所の移転経緯)


 


旧保健所


保健所発行の事業年報

 
歴代所長
初代高田美正昭和一九・八・二八就任
二代三好清夫昭和二〇・三・一就任
三代札原圭三昭和二〇・六・三〇就任
四代藤田静夫昭和二一・一・二八就任
五代大塚信義昭和二一・八・七就任
六代宍倉俊昭和二九・四・二三就任
七代大塚信義昭和三五・四・一就任
八代楠本浩昭和四五・七・二一就任
九代大塚信義昭和四七・五・一就任
一〇代相沢多満昭和四九・四・一就任
一一代鈴木貞三昭和五五・四・一就任(現在所長)