東金市/東金市デジタル歴史館

東金市史

総集篇五

第八篇 民俗と風習

A 東金の民俗風習

(七) 農村風習

 農作物は、米作りの他にも、畑作、果樹栽培等あったが、現在ほど多角化経営ではなかった。
 下幸田区では、明治末期に白菜を栽培して、東京の西河原へ出荷した。当時は一貫あたり四銭程度であった。これ以外には特産の大葉も出荷されたが、年末に定植し、三、四月頃の収穫とされた。白輪みかんも有名である。
 又、養蚕は年二回行なわれた。
 農婦により、季節の物が町場へ行商された。
 燃料となる枯れ杉葉、榊、門松、柊(ひいらぎ)、わらび、真菰馬、七草、芋、野菜、盆花等々である。
 農家の人たちは、東金へ用達しに来ると買物もして帰った。
 「ヒノヤを買って来る」とは、餅菓子を買ってくることを意味したが、この店は戦後廃業してしまった。
 
  なりきのときのはやし唄
 なるべこ なるべこ なりたら
 もじいて くらいましょう
 おったら ひろって くいましょ
 ことしのとしは 豊年どしで
 なるべこ なるべこ