東金市/東金市デジタル歴史館

東金市史

総集篇五

第五篇 産業

三 商業

 東金における商業の芽ばえは、いつの時期になるか、資料がとぼしいため不明な点が多い。
 まず商業が発達するには、市街地の形成が必要である。「東金市史」によれば、およそ文安年間(一四四四-一四四九)に、新宿に宿場町として形成されたことが最初である。「東金市街の草創は凡そ六百年前の創始にして、新宿が根元である。新宿表通りに一五間を一と屋敷となし、杉谷弥左衛門外一三人にて是れを開拓せしにより、一四屋敷に分割してあります。上側の分は上半間屋敷、惣左衛門屋敷、甚左衛門屋敷、野口屋敷、頓阿弥屋敷、杉谷弥左衛門屋敷、下半間屋敷。下側の分は惣右衛門屋敷、太郎右衛門屋敷、深山屋敷、右一四人の開発にして、年歴なるも文安年間なるべし。新たに開きし宿なるにより新宿町と称しました。是が即ち東金市街の始めであります。」(杉谷直道「東金町来歴談」)
 近世になると、生産品を交換するための市が成立してくる。
 東金市(いち)の創始は、新宿においては、寛永年間に、初めて市が立ち、ついで、上宿において、同年、上宿中田彦右衛門の市祭をなしたのが、市(いち)の始まりであると記されている。当時は、在方では商店を開くことができず、宿場駅場に限られていたので、どこの市場も盛んなものであった。
 また、宝暦一〇年(一七六〇)九月の「東金城明細記」には次のように書いてある。
 
「一、東金町古来より月並〔次〕二六日宛之市は〔日〕四日一四日二四日九日、一九日、二九日、外は七月一二日極〔一二〕月二七日是は日次の外に壱か所に両度市場相建申候。
 一、百姓家数 四百廿七〔九〕軒
        四百六拾軒、借家、店借
 一、人別 二千二百六十七人
     内 男 千百七十四人
       女 千四十三人
       出家  五十人
 一、造酒屋     一〇軒
   上宿町ニテ 三軒
   岩崎町ニテ 三軒
   新宿町ニテ 四軒
 一、農家の外、女は木綿糸織家業仕候。」
 
 以上のように近世中期ごろまでは、市日は定めてあるが、専業の商売をやっている者は極めて少なく、ほとんど農家であることが明らかである。
 幕末にはいると、幕藩制が崩れはじめ資本主義の新しい波が農村にも入ってくる。すなわち自給自足経済から貨幣経済に移っていくのである。このような状況下において、農村に商業資本が入り込んで、農民の生活もぜいたくになり、村内にも商業を営む者が日増しに多くなっていった。そして、「……在方にて菓子類・料理等無益之手数を掛け、結構にいたし候もの共之れ有る由、……都べて食物類高値之品売買致すまじく、且つ、往来にて無益の食物商ひ候もの増長、向後右商人共相減じ候様、是れ又、仰せ出され之れ有り、畢竟、在々に商人多にて自然其の所奢りに長じ候基、宜しからざる旨御改革の砌(みぎり)仰せ渡されも之れ有り……」(「千葉県史料・近世篇上総国上」)というような状態に変っていったのである。そして、農村には、酒屋・醤油屋・居酒屋から髪結床まででき、大工・左官・植木屋・紺屋・鍛冶屋までが居住するようになっていった。このように、封建型農村の崩壊が商業活動そのものを農村にまで拡大させていったのである。
 近代に入ると、東金は商業活動が盛んになり、明治二一年(一八八八)に行なわれた「商業種別調査」の対象地となるなど、当時の第一級の商業中心地になった。明治二三年(一八九〇)の商業調査では、問屋・仲買・卸(おろし)商の数が明らかにされているが、それによると、東金・千葉・佐原・銚子・木更津等がすぐれた商業地としてあげられている。中でも、東金(物品仲買一〇六戸、卸売一四〇戸)は佐原(二一戸と一七七戸)とならび、千葉(四戸と一七一戸)を圧していた観があった。(「千葉県史・明治編」)
 明治二〇年代にはいると、明治の前半に比べれば相対的に発達がみられないが、県下でも盛んな地域としてみることができる。
 また、この頃は個人商業者が多く、株式会社のような組織だったものはみられなかった。
 昭和の初期になると、商業に従事する戸数は、五八三戸で農業(六三〇)に次いでいる。工業に従事する戸数(二二五)の二倍以上になってきている。(「東金町誌」一二七頁)
 商業は太平洋戦争中、統制経済のもとにおいておおむね転廃業の時運に遭遇したが、戦後諸物資の統制解除と併せて、経済事情の好転に随伴し営業者も次第に増加した。その販路も拡張されつつあった。
 昭和三五年(一九六〇)以降は、当時の高度経済政策にのりながら、九十九里地域の商業の中心として小売・卸売業の両分野で栄えてきた。しかし、最近になって交通条件の改善や生活水準の向上、流通構造の近代化などにより、商業活動の内容も変化してきている。特に近年、東金駅東側に大型店舗(売場面積七千平方メートルと全市場面積の二〇%を占める)が進出したのを機に、多くの店舗が東側に集中しつつあり、既存商店街に種々の影響を与えている。

商店数・従業者数・商品販売額推移


業種別商店数販売額の構成比率

 市では、魅力ある商業の形成をはかるために、商圏の拡大、駅西側商店街の整備、新規商業施設の整備、経営管理の合理化、消費者行政の推進、融資制度の充実などに努めてきた。