東金市/東金市デジタル歴史館

東金市史

総集篇五

第四篇 交通・水利

A 交通

(三) 交通機関

 東金市内を走るバスは、九十九里バス・小湊バスおよび京成バスである。
 今やバスは市民にとって欠くことの出来ない交通機関であり、市内の隅々にまで路線が設けられて、通学・通勤はもとより、病院への通院・買物等の足として利用されている。
 市内のバス路線の全貌は次図に示すとおりである。

 

 路線バスが現在のように運行されるには、幾多の変遷があった。
 「京成電鉄五五年史」(昭和四二年六月発刊)によると、
 
 大正九年(一九二〇) 成東自動車、東金緑海間バス開業。
 昭和五年(一九三〇) 両総自動車東金千葉間二五・九キロメートルを買収。
 昭和九年(一九三四) 京成乗合自動車バス事業経営に着手し東金出張所をつくる。
 昭和一一年(一九三六)東金自動車東金八街間一五・八キロメートル、極楽寺布田間一キロメートルを買収。
 昭和一八年(一九四三)成東自動車、成東-東金、成東-小松、成東-片貝間を買収。
 昭和一九年(一九四四)九十九里自動車東金片貝間二九・三キロメートルを買収。
 
と記載されている。
 これは京成電鉄株式会社が各社を買収した沿革の一部であるが、これをみると、東金にバスが運転されたのは、
 
 成東自動車(大正九年)
 両総自動車(大正・昭和の始め)
 東金自動車(昭和の始め)
 
ということになろう。
 なお、「茂原市史」を開くと本納の杉浦バスが昭和三年茂原から長南・一宮・東金・千町間の営業をしたとある。
 両総自動車の創業は大正四~五年(一九一五~一九一六)頃で当初は乗用車に箱をつけたような相乗りタクシー的な小型バス三台で営業、大正一四年(一九二五)頃合資会社川島商会を合併して六台に増加、その後昭和四年(一九二九)ごろ成田大野屋旅館の大野市太郎に譲渡したというから、東金千葉間のバスは大正九年(一九二〇)の成東自動車と相前後した頃と想定する。

九十九里バス


京成バス

○成東自動車
 ●創業 大正九年(一九二〇)
 ●設立者 鈴木操
 ●路線 成東緑海間を開き、後成東東金間、成東片貝間をひらく。更に昭和一〇年(一九三五)以降成東埴谷間を延長し千葉まで拡張、本社を成東におき、佐倉・千葉・成田に営業所をおく。
 ●車は始めセダンの五~六人のり一台であったが、昭和三年(一九二八)頃一五人のり、その後三〇人のりと大型化し、戦時中は五〇台以上で運営していた。
 ●昭和一八年(一九四三)京成と統合する。
 なお、昭和五八年(一九八三)現在の各社の概要は次の通りである。
 
△九十九里鉄道株式会社
 ●所在地  東金市田間二五番地
 ●資本金  八〇〇万円
 ●決算期  三月
 ●主な事業 ①自動車による旅客の輸送
       ②土地建物の売却及び賃貸借
 ●社長名  石川信太
 ●従業員数 七〇名役員六名を含む
 ●車輛数  ①路線バス二五両
       ②貸切バス一三両
 ●沿革概要
  大正一二年(一九二三)一二月 創立(資本金二五万円) 社名九十九里軌道株式会社。
  大正一五年(一九二六)一二月 国鉄東金駅、上総片貝間八・六キロメートル開通。
  昭和六年(一九三一)一二月 地方鉄道に変更認可。
  昭和七年(一九三二)三月 社名を九十九里鉄道株式会社と変更。
  昭和一九年(一九四四)三月 京成電鉄の関連会社となる。
  昭和二三年(一九四八)一二月 一般乗合旅客自動車運送事業開始
  昭和二六年(一九五一)三月 一般貸切旅客自動車運送事業開始
  昭和三六年(一九六一)三月 鉄道運輸営業廃止
 
△京成電鉄株式会社
 ●所在地  本社 東京都墨田区押上一-一〇-三
       営業所
        東京都内(奥戸・江戸川・金町の三)
        千葉県内(松戸・市川・船橋・佐倉・千葉・千城台・長沼・成東の八)
 ●決算期  九月・三月
 ●主な事業 ①電車による旅客の輸送
       ②自動車による旅客の輸送
       ③土地建物の売却及び賃貸借
       ④観光事業
 ●社長名  飯塚昭太郎
 ●従業員数 (バス関係のみ)乗合 二、二六四名
               貸切   一三〇名
               計 二、三九四名
 ●車輛数  ①路線バス   九九〇両
       ②貸切バス    五〇両
       ③ 計   一、〇四〇両
 ●バス運行総粁数 八〇〇、〇三三キロメートル
 ●沿革概要
  明治三六年(一九〇三) 京成電鉄押上・成田間軌道敷設申請
  明治四〇年(一九〇七) 発起人飯村丈三郎他一九名に押上・成田間軌道敷設特許。
  大正元年(一九一二)三月 押上・江戸川間、支線曲金・柴又間運輸開始
  大正二年(一九一三)一〇月 柴又・金町間一・四キロ運輸開始
  大正三年(一九一四) 江戸川・市川新田(市川市真間)間運輸開始
  大正四年(一九一五) 市川新田・中山間三・五キロ運輸開始
  大正五年(一九一六)一二月 中山・船橋間四・三キロ運輸開始
  大正一〇年(一九二一)七月 ・船橋千葉間一七・五キロ運輸開始
  大正一二年(一九二三)九月 津田沼・酒々井間二五・四キロ運輸開始
  大正一二年(一九二三) 酒々井・花咲町仮駅間六・四キロ運輸開始
  大正一五年(一九二六)一一月 乗合自動車運輸営業願提出(押上・上野間)
  昭和二年(一九二七)七月 乗合自動車運輸営業願提出(東京・千葉・成田間)
  昭和五年(一九三〇)二月 両総自動車買収(東金千葉間二五・九キロ)
  昭和五年(一九三〇)四月 東葛乗合自動車、筑波鉄道買収 成田駅まで運輸営業開始
  昭和五年(一九三〇)五月 京成乗合自動車設立(資本金二〇万円)
  昭和九年(一九三四)一月 京成乗合自動車を統合し千葉営業所を開設バス事業運営に着手、東金出張所をつくる。
  昭和一一年(一九三六)一〇月 東金自動車を買収(東金・八街間一五・八キロ、極楽寺・布田間一キロ)
  昭和一八年(一九四三)四月 成東自動車を買収(成東・東金、成東・小松岡、成東・片貝間)
  昭和一八年(一九四三)九月 小湊鉄道当社関係会社となる
  昭和一九年(一九四四)三月 九十九里自動車を買収(東金・片貝間二九・三キロ)
               九十九里鉄道関連会社となる。
  昭和一九年(一九四四)四月 運賃改正(キロ当り二・四銭)
  昭和二三年(一九四八)一二月 九十九里鉄道一般乗合旅客自動車輸送開始
  昭和二六年(一九五一)一月 小湊鉄道タクシー事業開始
  昭和二六年(一九五一)三月 九十九里鉄道一般貸切旅客運輸開始
  昭和二七年(一九五二)一月 東金に自動車車庫新築(現千葉銀行敷地)
  昭和二七年(一九五二)一二月 自動車運送事業運輸規定制定される。
  昭和二八年(一九五三)一月 運賃改正(キロ当り二円二五銭)
  昭和二八年(一九五三)六月 乗合自動車横芝線、東金駅より宮川間一九・八キロ運輸開始
  昭和二八年(一九五三) 八日市場線国鉄八日市場、国鉄東金駅間運輸開始
  昭和三三年(一九五八)六月 千葉京成駅ビル落成
  昭和三四年(一九五九)一月 バス運賃収正(キロ当り三円五五銭、一区一〇円)
  昭和三五年(一九六〇)一一月 成東営業所開設
  昭和三六年(一九六一)一二月 京成求名線、山田局前~武射田間一三・八キロ運輸開始
  昭和四〇年(一九六五) バス運賃値上げ。

 

△小湊自動車株式会社
 ●所在地  市原市五井
       営業所 茂原営業所
           大多喜営業所
           塩田営業所 の三つ
 ●主な事業 路線バスによる旅客輸送
       貸切バスによる旅客輸送(観光事業)
       電車による旅客輸送
 ●社長名  石川信太
 ●従業員数 茂原営業所 一〇〇名
 ●車輛数  ①路線バス 茂原二八、白子二三、庁南一九、計七〇両。
       ②貸切バス 五
 ●沿革概要
  昭和一六年(一九四一)本納の杉浦バス、大多喜天然瓦斯に譲渡され、更に小湊バスこれを買収す。
  昭和一九年(一九四四)一一月二一日袖ケ浦バスを買収。
   現在茂原営業所だけでも市内循環、榎町・大登・長南鶴舞・白子・東金等の二三路線を運行する。