東金市/東金市デジタル歴史館

東金市史

総集篇五

第三篇 教育

C 学校

(二) 高等学校・中等学校

 昭和二〇年(一九四五)二月、東金市新宿(成戸屋洋品店附近)に、千葉文化服装学院として仮校舎で開校した。当時は一枚の広告も用いなかったにもかかわらず、伝え聞いて入学を希望する者が、夷隅・長生・山武・海上・匝瑳・印旛・市原等の各郡から集まり、受付に列をなして附近の人を驚かしたということである。
 昭和二一年(一九四六)、生徒の増加とともに、八鶴湖畔、大多和医院裏に移り、二回にわたって校舎を増築
 昭和二五年(一九五〇)、上宿の現太田呉服店附近に第二校舎を増築、内外の充実を計る。
 昭和二六年(一九五一)、内外の充実とともに、組織を改め、「財団法人、中鹿学園」として出発
 昭和二九年(一九五四)、現在の東金駅前に、(東金市東金七一三番地)に校地を定め、校舎を増築
 昭和三〇年(一九五五)、バレエ研究所設置
 昭和三一年(一九五六)、校長住宅建築
 昭和三二年(一九五七)、料理教室増築
 昭和三四年(一九五九)、早稲田大学建築科の設計にもとづき、新しいアイデアによる校舎を建築
   同年一〇月二四日、東金市長・国会議員・県知事その他来賓百名を迎え盛大な落成式典を行なう。
 昭和三九年(一九六四)、中鹿学園長は服装事情視察のため、ヨーロッパ一〇か国を視察。
 昭和四三年(一九六八)、太東岬海岸に生徒職員の厚生寮を建設、四季を通じて、教室外での温かい人間関係を養う。
 本校教育の特色-人間形成の教育
 現在の教育が、ややもすれば人間疎外の教育に陥りやすいのにかんがみ、当学院はまず、いずれの生徒にも、一人一人の心の中に入って、毎日の教科指導の中で、個々の人間的長所を発見することに主眼をおき、それぞれの専門技術の教育を施してきた。
 「技術を通して人を作る」ことを校是とし、教養高い婦人の育成を、地方にあっても都心と同じ文化的水準の学生生活を体験させたいと、昭和三四年(一九五九)、新時代のアイデアを具備した新様式の校舎を新築、新しい環境、温かい人間関係の中で常に新しいものを求め研究し指導してきた。
 昭和五九年(一九八四)、鉄筋三階のビルを建設し、更に現代に生きる若き日本女性の教育に捧げたいと念じている。

中鹿文化服装専門学校