船橋市西図書館/船橋市デジタルミュージアム

ふるさと船橋の地名を知る

ふるさとの地名(改訂版) ――船橋の地名の由来を探る――

その他の地名

 北本町二丁目に「公論坊児童遊園」がある。ここはかつては水田で、古くは周辺の農家の人が「ころんぼの池」と呼んだ池もあった場所である。この公論坊は山伏の名前に由来すると想定される。俗に山伏と呼ばれる修験者の内、人里に定住した者は「里修験」と称される。公論坊もそうした里修験の一人であろう。公論坊は集落から離れた、豊富な湧水の泉の傍らに堂を建てて修業し、村人等の依頼に応じた祈祷を業としていたものと想像される。密教系に属する修験者は、滝や泉等の清冽な水を特に尊んだのである。
 船橋市咲が丘と鎌ケ谷市東鎌ケ谷境には高山(こうざん)坊の地名があった。ここも高山坊という山伏がいたことから地名となったものである。やはり傍らに池があり、ここは江戸時代には幕府馬牧の馬の水呑み場であった。高山坊については馬込の項で記したように、『下野牧一件』という古文書の中に名が見え、延宝年間(一六七〇年代)以前の人物であることが知られる。やはり、人家から遠く離れた林の一角に堂(小屋といった方が事実に近いか)を建てていたものであろう。
 蛇足ながら、「坊」は僧侶の居所から転じて、僧侶や山伏のことをいうようになったものである。
 
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