船橋市西図書館/船橋市デジタルミュージアム

ふるさと船橋の地名を知る

ふるさとの地名(改訂版) ――船橋の地名の由来を探る――

江戸時代・明治初期の村名

 小室も古くから続く集落である。台地上にニュータウンが造成された時には、古墳時代中・後期の集落址が発掘調査された。
 文献上は中山法華経寺の古文書「千葉胤貞寄進状」(元徳三年・一三三一)に、「古牟呂村」と記されているのが最古の記録であり、南北朝期の古文書では「小室村」となっている。ただし、この中世の村が古墳時代の集落が継続したものであるかどうかは未詳である。
 江戸時代には朝岡氏等三家の旗本の知行地とされ、明治二十二年に豊富村の大字になり、昭和三十年に船橋市小室町に変わった。
 「こむろ」の語源については、①「むろ」は山あいの谷間等をいうから、八幡神社前にあった小さな谷あいが語源ではないかとする説、②小室村の旧家の本家筋が固まっている場所は、台地に向かって低地が半円状に入り込む地形で、小「むろ」にふさわしいとする説、がある。
 しかし、「むろ」地名の語源としては、前記の谷あいや袋状低地の外に、洞穴、崖・斜面、古墳の石室、竪穴住居、神社またはその森等、も考えられる。
 現時点では洞穴や古墳の石室の痕跡は見当たらないので、②説がやや有力かと思うが、各地の「こむろ」との比較検討が必要であろう。
 
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