船橋市西図書館/船橋市デジタルミュージアム

ふるさと船橋の地名を知る

ふるさとの地名(改訂版) ――船橋の地名の由来を探る――

江戸時代・明治初期の村名

 大穴も古くからの村であろうと想定されるが、江戸時代以前の文献は知られていない。字鎌田・向台・中台に古代の遺物(土師器)が散布している場所があり、集落があった可能性があるが、これが江戸時代の大穴村につながるかどうかは不明である。
 江戸時代には寛文年間(一六六〇年代)頃は一時下野皆川藩領となり、続いて旗本松平氏の知行地とされた。明治二十二年には豊富村の大字となり、昭和三十年に船橋市大穴町となった。昭和六十年には住居表示が実施され、大穴南一~五丁目と大穴北一~八丁目に変わった。
 大穴という地名は当たり前過ぎて語源がはっきりしない。文字通り大きな穴があったから地名が起こったと解釈できそうだが、その痕跡は見当たらない。だから、①金堀の項で記した金を掘った大きな穴起源説、②砂鉄を探して掘った大きな穴起源説、③水の湧く大きな穴起源説、④斎藤安兵衛家裏の崖の大きな横穴起源説、等諸説紛々である。
 私見では②か③が妥当だと考えるが、②説の場合は砂鉄の証拠が未発見なのが弱い。③説は大穴の対岸の古和釜に字名の「小穴」があり、かつての地形から水の湧く小穴起源が想起される。現時点では③説の方がやや可能性が高いか。
 
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