船橋市西図書館/船橋市デジタルミュージアム

ふるさと船橋の地名を知る

ふるさとの地名(改訂版) ――船橋の地名の由来を探る――

江戸時代・明治初期の村名

 前原は歴史的には佐倉道沿いに成立した近世の新田村落であるが、戦後はJR津田沼駅に近い平坦地という好条件のために、近隣有数の人口密集地となっている。
 前原の成立は、一般には江戸時代延宝年間(一六七〇年代)とされているが、西部の札場集落はそれよりかなり古い豊臣秀吉時代の成立とする説もある。しかし、現時点ではその当否を証明する確実な資料は知られていない。
 江戸時代は幕府代官領で前原新田と呼ばれ、明治二十二年に二宮村が成立するとその大字となった。その後、昭和三十年の新町名設定で船橋市前原町一~三丁目となった。四十四年には住居表示が実施され、新京成線を境に前原東一~六丁目、前原西一~八丁目に変わった。
 「前原」の語源は飯山満から見て、前面にある広い野原の意で付けられたという。古くは飯山満野と呼ばれていたともいうがはっきりしない。また「まいはら」と読む理由は不詳であるが、前を「まい」と発音する関東通有の音をそのまま表記したことによるかと想像される。昭和三十年の『船橋市新町名設定調書』に「まいはら」と振り仮名がある。
 
(追加)
前原 「前原」の読みは、平成一五年四月一日に、「まいはら」から「まえばら」に変更された。
 
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