船橋市西図書館/船橋市デジタルミュージアム

ふるさと船橋の地名を知る

ふるさとの地名(改訂版) ――船橋の地名の由来を探る――

江戸時代・明治初期の村名

 地名の語源の中でむずかしいのが、この山野のようなごく当たり前の地名である。文字通り山と野の土地だから、この名が付いたとも考えられるが、そういう条件の土地なら、かつては至る所にあったから、ここだけその名が付いたとは考えにくい。源頼朝がこの地を馬で通った時、「見わたす限り山と野があるのみ」と言ったから地名になったというのは、もちろん後世の作り話である。
 山野は元は「さんや」であったと考える説もある。さんやは①未開地、②本村の近くで未開地を開いた分村(場所)、③雑木採集場、等のことといわれる。船橋市の山野も①~③説の可能性はあるが、「さんや」が「やまの」に転じた証拠は、現時点では見当たらないので、有力な説とはいえないように思う。
 また「やまの」は、丘の麓を意味する「やまね」が転化したとも考えられるが、これも有力な証拠に乏しい。
 つまり、現時点では山野の語源は不詳とするしかないのが実情である。
 明治以後は、明治二十二年に葛飾村の大字となり、昭和十五年に船橋市山野町に変わった。
 その後、山野は昭和四十一年の住居表示で細分されてしまった。総武線以北は西船一・二・三丁目と西船四丁目・海神五丁目の一部となり、山野町の名は総武線以南の、かつての水田地帯にだけ残っている。
 
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