宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 民俗編

第七章 交通・交易

第二節 交易

二 杉戸駅周辺と和戸宿のにぎわい

(三)和戸宿のにぎわい

[和戸宿のにぎわい]

 和戸キリスト教会は、県内初のキリスト教会として明治一一年一〇月二六日に産声をあげた。その背景には、和戸村の小島九右衛門氏とヘボン医師が深くかかわっている。
 小島氏は明治七年、横浜へ出向いた折りに病を患い、ヘボン医師の診療を受けた。そして、翌八年に宣教師ゼームス・バラより洗礼を受け、帰郷後の明治一一年、自宅に教会を開設したのである。信者は和戸村を中心に近隣の農村部へと広がり、明治一五年には7-24のような教会堂が建設された(38)教会堂は宿の中央部に位置し、シンボル的な存在となった。また、教会堂の近くには和戸村駐在所(42)があり、その入り口には宿の消防団が所有する消防小屋(44)が建っていた。消防小屋の脇には庚申塔(こうしんとう)(43)が立ち、これは現在も同じ位置にあって往時の面影を忍ばせている。

7-24 和戸キリスト教会 初代の建物(和戸教会所蔵)

 篠原大同医院(39)は宿で唯一の開業医であり、篠原大同氏はヘボン膏の開発者としても広く知られていた。ヘボン膏はクサやカブレを直す塗り薬で、その名は小島氏が診療を受けたヘボン医師に因んでいる。蛤の貝に入れて売られ、大変効き目が高いと評判であった。