宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 民俗編

第七章 交通・交易

第一節 交通

四 交通機関の発達

(二)交通の発達

 人力車は明治二年に和泉要助によって発明されたという画期的な乗り物である。埼玉県では同六年に「馬車・人力車税則」を施行して、不完全であった道路橋梁の改修費に充てることを県下に通達している。明治三年に営業が許可されてから普及し、明治、大正、そして昭和初期にバス・タクシーが出現するまで重要な乗り物として利用された。
 明治九年一月の人力車数は、『郡村誌』によると宮代町域全体では二輌であった。村別の内訳は、百間村が一輌、須賀村が一輌である。
表6 『国郡村誌』にみる車輌一覧
 種類水害予備船耕作船小船人力車荷車
村名 
百間  5 中6牡7
百間中2 71中2牡16
百間東 30  小1牡34
百間中島  8 中3牡15
百間金谷原組 1  中1牡11
百間西原組273  牡17
蓮 谷     牡7
東粂原     牡13
西粂原     牡32
須賀  5 中3牡37
和戸 1016中4牡38
国納 3  中1牡14
荷車の中は中車のことである。