宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 民俗編

第七章 交通・交易

第一節 交通

二 道しるべに見る古道

 町域にある道しるべの示す行き先は、杉戸・粕壁・久喜・岩槻・幸手・騎西・菖蒲・鴻巣などの宿場・城下・町場の地名が多い。百間一庵坊に建立されている天保一四年(一八四三)銘の馬頭観音像には、下総国関宿の地名を見ることができる。

図1 明治前期の道

表2 明治前期の道筋
道 名ルート
① 久喜道・粕壁道下早見村 ~ 和戸村 ~ 須賀村( ~ 杉戸宿) ~ 百間村 ~ 内牧村2間
② 岩槻道清地村 ~ 百間村 ~ 太田新井村2間
③ 岩槻道(村道)杉戸宿 ~ 須賀村(一部久喜道) ~ 東粂原村 ~ 西粂原村 ~ 高岩村2間
④ 日光御成道下野田村 ~ 西粂原村 ~ 国納村・和戸村 ~ 高野村4間
⑤ (幸手道別路)                和戸村 ~ 吉羽村2間
⑥ 村道爪田ヶ谷村 ~ 東粂原村 ~ 須賀村2間

 久喜・幸手は日光道中の道筋にある。また、高岩・上野田(現白岡町)は、百間や須賀・東粂原・西粂原から日光御成道に出る地点である。
表3 道標一覧
旧宿村名小字・社寺等年 号西 暦地点名主像・主銘
和戸百間杉戸幸手高岩篠津野田久喜菖蒲鷲宮騎西鴻巣春日部宝珠花岩槻慈恩寺江戸上州 
1国納八河内寛政四年一七九三                青面金剛像
2和戸路傍天明五年一七八五                地蔵菩薩座像
3和戸海老原利一宅天保四年一八三三              馬頭観世音
4和戸西方院享保一七年一七三二              地蔵菩薩座像
5西粂原路傍江戸               道標
6西粂原路傍嘉永七年一八五四               道祖神
7須賀真蔵院江戸                 地蔵菩薩座像
8須賀真蔵院文政一二年一八二九              地蔵菩薩座像
9百聞一庵坊天保一四年一八四三               馬頭観世音
10中島稲荷神社文化四年一八〇七           庚申塔
11 西原青林寺文化六年一八〇九              地蔵菩薩座像
12 西原路傍天保一三年一八四二              成田山
13 西原地蔵院天保一三年一八四二               成田山
14 西原路傍                   
15 姫宮姫宮神社天保一一年一八四〇              成田山
16 姫宮姫宮江戸                 庚申塔
17 神外坊弘化三年一八四六              成田山不動尊
18 路傍文政一三年一八三〇                
19 西光院天保一〇年一八三九             庚申塔
20 宮東宮東明和六年一七六九               馬頭観世音像
21 宮東路傍享和元年一八〇一               不動明王
22 川端庚申神社嘉永三年一八五〇                庚申塔
23 川端路傍寛延三年一七五〇                
     1115323110122114181011 


図2-1 道標分布図

 町外の地名では、このほかに慈恩寺の例が多い。慈恩寺は岩槻市にある天台宗の寺院で華林山最上院慈恩寺という。坂東三十三観音霊場の第一二番で著名な寺院である。また、鷲宮が二例あるがこれは鷲宮神社の門前町であり、同社は中世太田庄総鎮守といわれる古社であった。これらの道筋は、いわば信仰道ともいうべきものである。
 町内の地名では、切戸と和戸がある。切戸は百間村の集落で、村内に分散する諸集落を結ぶ道の行先地名といえる。道標には「切戸道(きりとみち) かすかべ」と刻まれ、切戸を通って宿場町粕壁へ至る道筋であった。和戸は日光御成道が通った村であり、町域の村と村を結ぶ道、および御成道へ至る道の行き先地名である。
 このように町域の道しるべからさまざまな道筋を見ることができる。①町域の村々から日光御成道、日光道中へ至る道、②直近の町場、及びさらに遠方の町場へ至る道、③町域の村々を結ぶ道、④村内の集落を結ぶ道、⑤野良道である。
 これらの道を分類すると、町場へ作物の売り出し、運搬や買い物に使用する道、遊びに出かけたりした道、耕作や日常利用された道、社寺参拝や旅行など遠方に出かけたときに利用した道となる。