宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 民俗編

第六章 身のまわりの生活史

第二節 食生活

三 ハレの食事

(二)折節のカワリモノ

 盆は、月遅れの八月一三日から一六日に行われる。
 一三日の迎え盆は、晩にうどんを打ったりご飯(白米飯)を炊き、これらを供えてから家族で食べた。また、須賀では、カエダンゴと称して粳米の粉で白団子を作り、これを茶とともに供える家もある。

6-27 あんと黄粉のぼた餅(西原 T家)

 一四日と一五日は、朝がぼたもち、昼がうどん、晩がご飯で、ご飯にはトウナス(カボチャ)と切り昆布の煮物を付けた。ぼた餅はあんをつけることが多いが、家によってはあんと黄粉の二色を作るところもあった(6-27)。また、ぼた餅が続くと先祖が飽きるので、一四日にぼた餅を作った場合は一五日にまんじゅうを作るというように、品を変える家もあった。うどんは、茹でて水に晒したものを冷たいゴマ汁につけて食べた。また、ナスを油で炒めて醤油味の煮汁を作り、これにうどんをつける家もあった。いずれにしても盆は仏事であることから、生臭物のカツオ節を用いることは避けた。
 一六日の送り盆は、朝にぼた餅か小豆飯を作り、昼にはうどんを打った。また、うどんとともに幅の広いヒモカワを打ち、これをショイナワと称して盆棚の縄に掛けた。ショイナワは、先祖が供物を背負う縄を意味する。午後には先祖を送り、その際にはミヤゲダンゴ(土産団子)、オクリダンゴ(送り団子)と称する米の粉の白団子を供物とともに持っていった。