宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 民俗編

第六章 身のまわりの生活史

第二節 食生活

三 ハレの食事

(二)折節のカワリモノ

 一月一五日を小正月といい、前日の一四日には粳米の粉でメエダマダンゴ(繭玉団子)を作って年神様をはじめ家中の神様に供えた。
 メエダマダンゴは球形で、すべてを白団子にする家と紅白の二色を作る家があり、年神様に供えるものはほかより大きめにした。また、養蚕が盛んな時代には、中央がくびれた繭形の団子を作ったもので、これが文字通りのメエダマダンゴである。近年ではブドウ栽培が盛んなことから、ブドウを模した団子を作る家もある。
 一四日に供えたメエダマダンゴはその日の晩に下ろされ、これを翌朝の小豆粥に入れた。残ったものは寒水に漬けるなどして保存し、逐次焼いて醤油をつけたりイビリダンゴにして食べた。イビリダンゴは、燻(いぶ)った(焼いた)団子にとろみのある砂糖醤油のあんを絡めたもので、燻る代わりに蒸すことも多い。また、団子を味噌汁に入れて食べることもあった。
 一五日の朝には小豆粥を作り、これを供えてから家族で食べた。また、この日は「奉公人のデガワリ」であり、奉公人は小豆粥を食べてから実家へ帰ったものである。
 小豆粥は、前日の晩に煮ておいた小豆の煮汁に水を加えて粳米を炊く。この中には、年神様のメエダマダンゴを入れた。餅を大量に搗いた時代には、元旦から毎朝餅を食べ続けたので、一五日の小豆粥が新鮮でおいしく感じられたという。小豆粥に用いる米は、一一日の鍬入れの際に畑へ持っていった米を使う家もあった。また、小豆粥を炊いた釜を洗うと、その洗い水を家の周囲に撒いた。こうすると、蛇が入ってこないといわれた。
 一六日の朝には、粳米と小豆で小豆飯を炊き、これを食べると正月も終わりとなった。そして、翌日からは日常の麦飯に戻ったのである。