宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 民俗編

第六章 身のまわりの生活史

第二節 食生活

二 日常の食事

(一)食事の回数と献立

 子供の弁当は、麦飯に梅干しや佃煮をのせたもので、麦飯は親心から米の部分が多めに詰められた。卵焼きはご馳走であり、これを持っていくのは遠足や運動会の日に限られていた。弁当箱はセトビキ(琺瑯引き)かアルマイトで、アルマイトは長いあいだに梅干しの酸で腐食し、穴が空いた。
 正月の餅が残っているあいだは、焼き餅に醤油をつけたものを二、三枚弁当箱に入れて持っていった。
 戦争中から終戦直後にかけての食料難時代には、麦飯の弁当はおろか、蒸したサツマイモすら持ってこられない子供もおり、昼には空腹を抱えて外で時間を潰す子供が少なくなかったという。