宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 民俗編

第六章 身のまわりの生活史

第二節 食生活

一 食料

(一)主食

 戦争中から終戦直後にかけての食料難時代には、米を食いつなぐためにさまざまな救荒食が作られた。
 救荒作物の代表は、サツマイモである。農家では、三反ほどの畑にサツマイモを栽培し、輪切りにしたサツマイモを麦飯に混ぜてイモメシを作った。また、蒸しご飯といってセエロ(蒸籠)に輪切りのサツマイモを敷き、その上に麦飯をのせて蒸すこともあった。当時は、釜やオヒツを洗う際に出るご飯粒も無駄にはしなかった。これを集めて干飯(ほしいい)にし、炒って食べたのである。
 晩飯には、スイトンを作ることが多かった。スイトンは、水で溶いた小麦粉をオタマですくって汁に落とし、ジャガイモなどの野菜を加えて醤油味をつけたものである。