宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 民俗編

第四章 信仰

第一節 ムラの信仰

一 ムラの社寺

(一)村の鎮守

[村の鎮守]

 鎮守を身代神社としている。現在祭礼は七月一四日に行っている。この近世の須賀村の範囲では、その内部が辰新田、須賀上、須賀下、須賀島、金剛寺の五つの株と呼ばれるムラに分かれている。身代神社は、この五つの株の鎮守となっている。このため、神社の代表者である総代は、この五つの株から一人ずつ選出される。また、一年交代で神社の祭礼や普段の管理を行う当番も、五つの株が一年交代で行うことになっている。当番は、主として祭礼の世話をする。一月三日に帳面などの入った箱とともに引継ぎ、祭礼前の七月一一日には、境内の掃除を行う。なお、この須賀村の範囲にある五つの株では、それぞれの神社を祀っている。株によっては、「株の鎮守」としているが、「株の神様」であるとか「株で祀っている」というような表現もされる。
 辰新田では、株の神社として雷電神社と浅間社を祀る。雷電神社の祭日は七月二四日で、この日には、辰新田の集会所にある幟を立てる。また、浅間社の祭日は、七月一日であり、この日には三山といって、辰新田の浅間様、杉戸・河原にある浅間様、山崎の浅間様の三社を参拝するという伝承がある。辰新田は、さらにその内部が四つの班に分かれるが、この班が一年交代で当番となる。この当番が、雷電神社と浅間社の祭りの世話をする。
 須賀上では、株の鎮守として雷電様を祀る。この雷電様を含めた須賀上の行事は、須賀上の古くからの家の二七軒を三軒ずつ組にした当番が世話をする。当番は、行事ごとに交代していく形を取っている。当番は、引き継ぎに必要なものとして、観音祭の帳面と掛け軸、五社祭の帳面がある。
 須賀下では、株の神社として御霊様(ごりょうさま)を祀る。御霊様は、本来Iイッカの先祖を祀ったものだったが、下株には神社がなかったので明治時代ごろから株で祀るようになった。御霊様の祠には、御霊大権現のほか、稲荷神社と八幡神社が合わせて祀ってある。稲荷神社はI家の先祖が京都から担いで来たものだといい、古い額には「文化十貳年乙亥舂三月吉辰 石橋忠菴正炳謹書併刻」と記されていた。祭りの当番は、三軒ずつ家並み順に交代で行っている。また、鍵は下株の区長が管理をしており、毎年一二月三一日に行われる御霊様の掃除と木の手入れは、以前は下株全戸で行っていた。現在は、戸数も増えたので、下株八班のうち、三班が当番となって行っている。

4-3 御霊様(須賀)

 須賀島では、株の鎮守として稲荷神社を祀る。豊作の神様とされ、笠間稲荷から勧請したという伝承がある。平成五年に社殿を直した際に紋が豊川稲荷のものであることが分かった。鍵は島株の区長が管理し、稲荷神社の行事も区長が主催して行っている。
 金剛寺では、株の神社として天神社を祀る。もとは、S家で祀っていたが、現在は金剛寺山門左手にある。ただし、現在でも正月の注連縄はS家で作って、鳥居と社殿に八丁注連を飾っている。