宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 民俗編

第三章 年中行事

第三節 春から夏の行事

三 五月・六月・七月の行事

 農家では田植えが終わるとサナブリの祝いを行う。現在では田植えも機械化されたが、手で植えていたころには盛大に行われていた。また、サナブリには、稲苗とサナブリぼた餅を荒神様に供える。この稲苗は田植えのとき、田に投げてよく立ったものの中から立派なものを拾ってきて、よくすすいで二束飾る。これには「田植えが無事に終わり、ありがとうございました。今年も豊作でありますように」とのお礼と願いが込められている。かつて田植えをユイ(共同)で行ったころには、田植えを手伝ってくれた人を呼んで御馳走をしたこともあった。また、サナブリぼた餅を親戚や近所の家に配った。家によっては、農作業に使ったシロカキマンガやバコウなどの道具にも、「ケガもなく、無事に農作業ができました」と御神酒とサナブリぼた餅を供える。

3-32 サナブリ(本田 H家)

 サナブリの「サ」とは、田の神を意味している。田植えの始めにはサオリ(サ降り)を行い、田の神を迎えて田植え作業を開始する。これに対して、サナブリとは田植えが終わり、この神様が昇るサノボリ(サ昇り)の転訛したものといわれている。サナブリ正月とは、単にからだを休めるだけでなく、かつては田の神をお送りするお籠りのひとつであった。地区によっては、田植えが終わると区長がサナブリ正月のフレを出して、休むこともあった。これは、「からだ休めの正月」ともいわれている。
 西粂原のある家では、田植えが終わった祝いのサナボリには荒神様にぼた餅を供える。糯米と小豆は怪我や疲れをとるという。シャモが傷をつけた時には小豆を食べると治るという。
 東のある家では、田植えの終わった良い日を選んでサナブリのお祝いをする。サナブリには、田植えのとき投げて立った苗を束ねて御神酒・御散米・ぼた餅と一緒に荒神様に供える。この行事は「田植えが何事もなく、めでたく終わりました」という意味を込めて行うものであるという。
 内野のある家では、田植えが終わった祝いにサナブリを行う。サナブリには、田植えのときに苗代に投げて立った苗をよく洗って荒神様に供えた。また、このときにはサナブリぼた餅を供えた。サナブリには田植えを手伝ってくれた人たちを呼んで、御馳走して一緒に飲んだり、食べたりした。
 山崎では、集落のすべての家が田植えを終えると「サナブリ正月」が出た。