宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 通史編

第四編 近現代

第九章 宮代町の誕生

第六節 のびゆく宮代町

 宮代町の果樹栽培は、柿等が古くから知られている。昭和三十三年度の記録では、ブドウ、梨、梅、柿、桃の栽培が記録されており、合わせて五町歩の作付面積があった。ことに梨は、二町四反作付されており果樹栽培の半数を占めており。ついで柿が七反と次ぐ。しかし、農業全体に占める作付面積は非常に少なかったことがうかがえるが、増反の傾向にあると記されている。
 こうしたなか、昭和三十四年に米作中心の農業から果樹複合農業への転換を図るべく町内に巨峰の生産が導入された。
 巨峰は、昭和十四年品種改良によって日本で出来たもので、果実が紫黒色で肉質良好、大粒で甘味が強いという特徴があり「ぶどうの王様」と呼ばれている。
 昭和三十三年、農業雑誌で巨峰の記事を読んだことをきっかけに、町内の一二人の農家が手探りの状態で栽培に取り組みが始まった。当初は失敗の連続であったという。七~八年ほど経ってようやく収穫できるようになった。当時は、巨峰は珍しくよく売れ、さらに昭和四十七年頃から高級品種として認められるようになった。昭和四十五年から本格実施された米の生産調整を機に作付けも増加し、栽培農家戸数も昭和四十年に三五戸、栽培面積二ヘクタールであったのが、昭和四十五年には三一戸、六ヘクタール、昭和五十年にはピークを迎え栽培農家戸数四七戸、栽培面積一五ヘクタールを数え、県下の巨峰栽培面積の八パーセントを占める有数な生産地となった。その後、農業全体の傾向として農家戸数は減少しており、巨峰栽培もその例外ではなく平成七年には栽培農家四〇戸、栽培面積も一四ヘクタールと減少している。
 なお、平成七年には、町内産業の振興の一環として宮代の巨峰を使ったワイン作りも始まり、好評を博している。また、町の特産としての巨峰を中心として農業者、商業者、消費者が一体となり各種のイベントが行われている。

4-131 巨峰