宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 通史編

第四編 近現代

第九章 宮代町の誕生

第一節 新たな教育制度の発足と文化

公民館は、戦後、社会教育での郷土振興の中核的な機関の一つとして生まれた。社会教育法二〇条には「市町村その他一定区域内の住民のために、実際生活に即する教育、学術、文化に関する各種の事業を行い…」とあり、地域社会での健康、文化、福祉の増進に寄与するものという、いわゆる「まちづくり」のための町民の施設として位置付けられている。
 宮代町では昭和三十二年に公民館が設置された。これは、施設としての公民館ではなく「一つの機関」として設置されたもので、翌三十三年には、県より「公民館定期講座」の開設の委嘱を受け、公民館運営審議委員を中心として各種の講座が開設されるようになった。宮代町の発足から四年がたった昭和三十四年七月二十日には町広報の前身となった第一号の広報紙「公民館」が発行されている。昭和三十四年発行の「公民館」第二号には「教養について」、「世界における日本の婦人」「世界情勢の認識について」など五回の講座が行われたことが記されている。
 施設としての公民館は、社会教育法施行後一七年たった昭和四十一年旧須賀支所跡に和戸公民館を開設(昭和五十四年改築)したのをかわきりに、近隣に先だって、昭和四十四年百間公民館、同四十六年川端公民館、須賀公民館、同四十七年、同四十八年和戸第二公民館、西原公民館、昭和四十九年西粂原公民館など相次いで七館の公民館が建設(現在五館)され、現在も各種講座の開催や地域づくり、サークル活動の場として大いに利用されている。

4-95 総合文化祭(昭和30年代)