宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 通史編

第四編 近現代

第五章 耕地整理と河川改修

第一節 明治期の農業構造

南埼玉郡農会は、岩槻の郡役所内に設けられたが、その目的は「郡内農事ノ改良進歩ヲ図ル」とあり、郡内の町村農会をもって組織している。郡農会は郡内を五農区に分け活動していた。主な事業は、短期農事講習会の開設、害虫被害村への種苗供給、重要農産物共進会の開設、稲の模範作共進会の開設、他府県への農事視察員の派遣、大日本農会大会への派遣などである。
 明治三十三年三月二十五日から一〇日間、第一回重要物産共進会を岩槻町で開催した。出品作物は、米、麦、大豆、小豆、綿、藍、繭(まゆ)、茶、野菜の九品目で、審査委員長以下一〇人の委員によって審査が行われた。この共進会は、その後南埼玉郡農友会に引き継がれ、同三十七年三月に岩槻町で、同四十年三月に越ヶ谷町で、同四十二年に久喜町で、同年三月に岩槻町で開催されている。

4-52 百間村農会開催通知
(折原家文書)

 また郡農会では、明治三十三年度から郡内四二町村を一〇地区に分け、第一区から順次農事短期講習会を開催した。講習内容は米麦栽培法、土壌肥料試作法、病虫害駆除法などで、講習期間は二週間であった。このほかに、同三十四年度から稲の模範作共進会を実施したが、審査は五月二十八日から始まり、苗代検査、本田検査などを経て終了したのは十月三日であった。次いで同三十五年に第二回共進会が開催され、郡内三二町村五四九人が審査を受けた。このころは、模範耕作組合も設立されている。