宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 通史編

第三編 近世

第五章 江戸時代の宗教と信仰

第四節 寺社の参詣

天保十二年の「道中日記覚」(折原家文書)には一月二十五日から三月十三日までの七八日間(閏月があるため)かけての伊勢神宮と西国札所、金毘羅神社参詣の様子が記されている。正月二十五日に須賀村を出立し、馬喰町に宿泊している。二十六日は馬喰町から日本橋、品川を経て、川崎に宿泊し、二十七日は神奈川、程ヶ谷を経て、戸塚へ、二十八日は藤沢、平塚、馬入川、大磯を経て小田原に宿泊している。小田原を出発したのは翌々日の閏一月一日で、一気に箱根を越えて三島に至っている。二日は沼津、原、吉原、蒲原、油井を経て、興津に、三日は江尻、久能山、関所、矢畑八幡宮を経て府中に、四日は丸子、宇津ノや峠、岡部、藤枝、嶋田、金谷を経て日坂に、五日は掛川を経て戸倉村に宿泊している。六日は秋葉山を経て石打村に泊まり、七日は態、神沢、大平、巣山、大野を経て中豊川を越えている。八日は城、御油、赤坂、藤川を経て岡崎に宿泊し、九日は池鯉鮒、鳴見を経て宮に宿泊している。十日は熱田明神を参拝し、津島を経て桑名に宿泊している。十一日は四日市、神部、白子、上野、津、雲津、松坂を経てくし田に泊まり、十二日には小俣を経て伊勢外宮を参拝し、宮川を経て龍太夫をたずね、二見川から伊勢川崎町に宿を取っている。十三日は目的の一つである伊勢代々神楽を奉納し、十四日は朝熊岳や内宮太神宮、外宮大神宮、天野岩戸などを参拝している。

3-135 道中日記覚 
(折原家文書)


 伊勢参宮後は熊野神社を目指し、十五日は宮川、田丸、原ノ大辻、大風、栃原、河尾、三世(瀬)を経て野尻の北野藤太夫に泊まり、十六日は阿曽、柏野、崎、駒、間弓、大湊、梅ヶ谷、長嶋、三浦、馬瀬を経て舩津に、十七日は尾鷲、三鬼、曽根を経て二鬼嶋に、十八日は新鹿、葉田須、大泊、木本、有馬、阿多八を経て新宮に宿を取っている。十九日は三輪崎、宇久井、浜宮、那智山、小口を経て西国三十三ヶ所第一番を参拝して小口に、二十日は請川から本宮を参拝して御師寺尾蔵太夫を訪ね、湯の峰に泊まっている。二十一日は湯川から岩上峠を越え、野中、近露を経て高原に泊まり、二十二日は芝、上三栖、田辺、三辺(みなべ)、切辺(切目)を経て稲並に泊まっている。二十三日には道成寺を参拝し、小松原、原谷、井関を経て湯浅に、二十四日は宮原、鴨谷から藤代峠を越え藤代から紀三井寺、西国三十三ヶ所第二番を参拝し、若の浦、東照宮を回り八軒を経て馬次に泊まっている。
 二十五日は岩手、粉川を経て西国三十三ヶ所第三番を参拝し、志賀、花坂を経て高野山へ至っている。高野山では芝ノ坊に泊まり、二十六日は高野山奥ノ院を参拝している。その後、二十七、八日の記録がないが、二十九日には西国三十三ヶ所第四番を参拝し、堺に宿泊している。三十日は妙国寺を参拝し、天下茶やを経て大坂に宿泊し、二月一日は高津宮、いくたの宮、西国三十三ヶ所第五番を参拝し、上ノたいし山田を経て当麻寺に至っている。二日は新庄、御所、土佐、赤坂を経て西国三十三ヶ所第六番を参拝し、吉野、高市を経て多武峯に泊まり、三日は西国三十三ヶ所第七番を参拝し、桜井、追分、長谷を経て西国三十三ヶ所第八番を参拝し、追分、三輪、柳本を経て丹波市に宿泊している。四日は法龍寺を参拝し、小泉、郡山、西の京を経て西国三十三ヶ所第九番を参拝し奈良に泊まっている。五日は南大門から一ノ宮、二ノ宮、三ノ宮を回り宇治に泊まり、六日は西国三十三ヶ所第一〇番を参拝し三室戸から万福寺、西国三十三ヶ所第一一番、西国三十三ヶ所第一二番を参拝し、守山分武佐宿立場かゞみに泊まっている。
 七日は西国三十三ヶ所第三二番、別野八幡宮、西国三十三ヶ所第三一番を参拝し、大津に泊まり、八日は西国三十三ヶ所第一四番を参拝し、比叡山に登り、京都三条奥六角堂前に宿を取っている。九日は西国三十三ヶ所第一九番、西国三十三ヶ所第一八番、西国三十三ヶ所第一六番、西国三十三ヶ所第一七番、西国三十三ヶ所第一五番を参拝している。十日は二条御殿、北の天神、愛宕山を回り、亀山に泊まり、十一日は西国三十三ヶ所第二一番を参拝し、善峯寺(よしみねでら)、さぶ谷、中山、穴生を経て西国三十三ヶ所第二一番を参拝し、そうじ寺に泊まっている。十二日は西国三十三ヶ所第二二番、西国三十三ヶ所第二三番、西国三十三ヶ所第二四番を参拝し、西の宮に泊まり、十三日は茨住吉、摩那山、布引、長田大神宮、梶原の井、兵庫、すま寺、一の谷、明石へ至り、十四日は高翁、南本町を経て、その後船に乗って四国へ渡っている。
 二月十五日は船中で一日過ごし、翌十六日に四国丸亀に到着している。その後、西戸津、伊予谷を経て善通寺に至り、金毘羅山を参拝し、境内に泊まっている。十七日は西丸亀へ向かい、再び船に乗り、翌十八日に赤穂に到着している。赤穂では義土石碑にお参りし、正条に泊まっている。十九日は阿曽川から書写山、姫路へ至り、西国三十三ヶ所第二七番、西国三十三ヶ所第二六番を参拝し、笠原に泊まり、二十日は馬瀬から西国三十三ヶ所第二五番を参拝し、市原、古市を経て追入に泊まり、二十一日は国領から福知山を経て外宮に泊まっている。二十二日には内宮から仏正(仏性)、宮津へ至り、切戸文珠様を参拝し、日本三景の一つである天ノ橋立を回り、西国三十三ヶ所第二八番を参拝している。二十三日は栗田、由来、中山、田辺、市場、松尾を経て西国三十三ヶ所第二九番、桜本坊を回り、高原、本郷を経て、小浜で八百姫宮を参拝して遠敷に泊まり、二十四日には熊川、山中御番所を経て今津に泊まっている。
 二十五日は今津から琵琶湖を船で渡り、七ヵ村から竹生島を回り、長浜に泊まっている。二十六日は米原、番場、さめかい、柏原、今須、関ヶ原を経てたふみに泊まり、二十七日は赤坂、谷汲、丸宮を経て阿弥太子に泊まっている。二十八日は城に泊まり、二十九日には金華山、東本願寺、西本願寺、加籠細工、大仏、加納、鵜沼、大田、伏見を経て三嶽に泊まっている。三月一日は大久デ、細久手、大井、中津川、落合を経て馬籠に泊まり、二日はミトノ(三留野)、野尻、須原、上松を経て木曽福島に泊まっている。三日は木曽福島で一日を過ごし、四日には御関所を越え、宮越、薮原、奈良井を経て贄川に至っている。五日には本山、洗馬、追分、郷原を経て、松本に至り、岡田、刈谷原を経て会田に宿を取っている。六日には籠田峠、猿馬場峠を越え、うばすて川を経て、川中嶋合戦跡、舟役所を回り、この旅の最後の目的地である善光寺に泊まっている。
 七日に善光寺を出発し、まめ嶋渡、保品斜、大明神、中ノ茶屋を経て四分津に泊まり、八日には田代、桝屋、大笹、大笹宿御関所、を経て草津に至っている。九日、十日は草津で過ごし、十一日は長の原、大戸、御関所を経て大戸に泊まり、十二日には榛名山、一ノ鳥居、室田を経て高崎に至っている。そして、三月十三日には本庄、深谷、行田、騎西、久喜を経て須賀村へ帰着している。

3-136 善光寺絵葉書 (伊草家文書)