宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 通史編

第三編 近世

第一章 宮代の領主たち

第三節 元禄の地方直し

『新編武蔵』の須賀村(すかむら)の項に「元文三年(一七三八)小笠原某に賜り、今その子孫小笠原五左衛門(ござえもん)知行す」と記されている。同年ごろに武蔵国埼玉郡に知行地を与えられた小笠原家は、小笠原長行(ながゆき)を祖とする小笠原家と考えられる。
 『寛政重修諸家譜』によれば、二代貞利は秀忠(ひでただ)に仕え甲斐国(かいのくに)と駿河国駿東郡(すんとうぐん)に三〇〇石の領地を与えられている。その後一〇〇石が加えられ、領地をすべて甲斐国西郡に移されている。万治三年(一六六〇)に長利(ながとし)が遺領を継ぎ、寛文元年に上総国長柄郡に移され、延宝八年に長泰(ながやす)が遺領を継いでいる。享保九年八月二日には長規(ながちか)が遺領を継ぎ、元文二年に領地の一部を武蔵国埼玉郡に移されている。このとき須賀村を支配するようになったと考えられる。長規は天明三年七月二十六日に隠居して、長貞(ながさだ)に家督を譲っている。その後は同六年に長俊(ながとし)が寛政五年に長栄が継いでいる。

3-15 旗本小笠原氏支配領域 (須賀村池田氏・永井氏支配地含む)