宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 通史編

第三編 近世

第一章 宮代の領主たち

第三節 元禄の地方直し

『新編武蔵』の国納村の項に「元禄十年高木・森川・戸田の三人に賜わり、今もその子孫高木善之助・森川鎌三郎・戸田靭負等が采邑なり」と記されている。このときの戸田家の当主は戸田直保である。
 『寛政重修諸家譜』によれば、戸田家は、戸田市郎右衛門直良の次男輝道が起こした家で、正保(しょうほう)元年(一六四四)十二月二十五日に稟米(りんまい)三〇〇俵が与えられている。その後、寛文六年十二月二十三日に稟米三〇〇俵を加えられている。その後、他家の家老を勤めることとなったため、幕府からの稟米は子の憲直が継いでいる。憲直には子がなかったため、弟直保(なおやす)が養子となり、元禄十年七月十一日に遺頷を継いでいる。同二十六日には稟米を改められ、武蔵国埼玉郡と伊豆国田方郡のうちに采地を与えられ、このとき国納村を支配するようになったと考えられる。その後、享保元年一月十七日に直保は没し、その遺領は直之(なおゆき)が継いでいる。寛保二年(一七四二)に直能が、寛政五年には直著が継いでいる。

3-11 戸田喜右衛門御知行惣百姓田地水帳(遠藤家文書)