宮代町立図書館/宮代町デジタル郷土資料

宮代町史 通史編

第二編 中世

第四章 中世の寺社と信仰

第三節 各寺社の由来

中世における神社の状態は、ほとんど記録、文書に現れないためはっきりとは分からないが、『新編武蔵』には村の神社を多数記している。中でも村の鎮守と明記したものは中世に存在していた公算が大きい。村によっては鎮守たることを明記しないものもある。また一方では一か村に二社鎮守なりと記すものもあり一定しない。
 宮代町付近の神社の祭祀分布を見ると百間から春日部市の一部にかけて姫宮神社、粂原地区は太田庄の産土神(うぶすながみ)と称されている鷲宮町の鷲宮神社の祭祀権に入っているが、元荒川支流日川(にっかわ)から西は久伊豆神社、日川から古隅田川・古利根川から北は鷲宮神社、元荒川・古隅田川の南側は香取神社の祭祀権となっている。
 姫宮神社は、一説には宮目(みやめ)神社といわれる説もある。『新編武蔵』に載せられた鰐口の銘文には、「敬白武州太田庄南方百間姫宮鰐口一口 旦那大工八五郎 応永廿一年甲午三月日」とあり、古社であることが分かる。
 雷電社は、西光院境内に位置し、社に次のように記された鰐口をかけていた。「奉鑄鰐口武州太田庄南方百間山光福寺之内雷電宮當住也 天文廿二年癸巳正月一日別当権少僧都祐信并神主」とある。
 宇宮神社は、文明十六年に再建したと伝えられ、いにしえは〝烏戸宮(うとみや)明神〟と称していたと伝える。

2-65 鎮守一覧