鶴ヶ島市立図書館/鶴ヶ島市デジタル郷土資料

「鶴ヶ島町史」通史編

通史編

第五編 近現代

第二章 明治期の鶴ケ島

第九節 郡制の施行

 明治二九年四月一日に施行せられた「埼玉県下国界変更及び郡廃置法」によって、従来の高麗郡は入間郡となった。
  一、入間・高麗ノ二郡ハ、従来、一郡治ノ下ニ属シ、民情相同ジク、且、地形に於テモ、入間郡ハ高麗郡ヲ擁シ、又、比企郡ノ一部(植木村)ハ、地形上、入間郡ト離ルベカラザル関係アリ。依テ入間・高麗ノ二郡ヲ廃シ、其ノ区域ト、比企郡ヲ廃シ其ノ区域ノ一部(植木村)トヲ以テ一郡ヲ置ク。
   新郡ヲ入間郡ト称スルハ、旧入間郡ノ大ナルニ依ル。
 そして、表-25のような統計を加えている。
hyo表5-25 郡の境界変更及び郡廃
 新しい入間郡の誕生するまでには、慎重な調査期間をおいた。明治二三年九月二四日の「郡ノ廃置分合ヲ要スル上申」がそれである。
    郡ノ廃置分合ヲ要スル理由
  一、高麗郡ヲ廃シ、入間郡ニ合スルヲ必要ト認メ候。其ノ理由ハ、入間郡ハ地域広潤(コウカツ)、戸口衆多、資力隨ツテ充足シ、独立自治ノ力充分ナルモ、高麗郡ハ地域狭カラザルモ、戸口多カラズ。資力乏シク、独立自治ノ力充分ナラズ。而シテ、右両郡ニハ曩(サキ)ニ郡区町村編成ノ際、一ノ郡役所ヲ置キ、之レガ事務ヲ管掌セシメ、尓来(ジライ)今日ニ至ル迄、施行上毫(ゴウ)モ不便ヲ感ゼズ、民情ニ於テモ協同一致スルニ支障アルコト無シ。且、右両郡ノ地形タルヤ、入間郡ハ高麗郡ヲ懐抱シテ入字ノ状ヲ為シ、地形上分離スベカラザルモノアルニヨル。
 この調査のほか、郡長や人民の意見を加え、水利の便・不便までも上申している。
    郡ノ廃置分合ニ関シ、郡長ノ意見答申
     要領
   高麗郡ヲ廃シ、入間郡ニ合スルハ、将来施政上便利ナルハ勿論、右両郡ノ地形ハ分ツ可(ベ)カラザル形状ニシテ、人情亦協同一致スルニ支障ナキ旨、関係郡長ヨリ答申有之(コレアリ)候。
    郡水利ノ便如何
  一、入間郡及ビ高麗郡ニ於テハ、一郡内共通ノ水利ナキヲ以テ、其ノ便否ノ点ニ就テハ、別ニ関係ヲ及ボスベキモノ無之(コレナク)候。
   〔参考文献〕
     『新編埼玉県史』資料編19