鶴ヶ島市立図書館/鶴ヶ島市デジタル郷土資料

「鶴ヶ島町史」通史編

通史編

第一編 鶴ヶ島の自然

第四章 動物の世界

 一、〇〇〇mを越える山があって渓流が流れ、石灰洞、溶岩洞などの洞窟があり、かと思えば湿原を伴う湖沼があり、広大な原生林がそれをとりまいている。こんな自然的背景があれば植物の世界そして動物の世界、ともに豊かになることうけあいである。しかし鶴ケ島はどうだろう。高麗丘陵から北東にのびる半島状の入間台地、これが入間川・越辺川・高麗川などで周辺から区切られ、一応まとまった地塊を形づくっているとはいうものの、標高は僅かに二〇~五〇メートル、地形的変化は極めて乏しい。「平凡」、景観的にはまさにこのひとことで言いつくされる地域だといっていい。
 たしかに地形的変化は乏しい。しかし、飯盛川・大谷川など、この台地をけずるいく筋かの小河川、それとかかわりをもつ湧水、散在する池尻池・雷電池・逆木の池・太田ケ谷沼などの池沼群、こうした環境ひとつひとつに注目してみると、景観的には平凡であっても、そこにいきづく生物的自然は決して平凡でないことがわかってくる。台地の林や草原に、池沼や河川の水の中に、そしてその水辺に、鶴ケ島に人間が住みついたのと同じころから、あるいはそれよりはるか以前から、営々と生き続けてきた動植物たちがいるからである。
 こうした生き物たち、彼らはなぜいま鶴ケ島に住んでいるのだろうか。市町村史などでそれぞれの地域の動植物を扱う意義を考えるうえで、しばらくこの問題にふれてみよう。
 その動物が陸生であるなら、当然のことながら、そこに陸地があったから住みついたのであろう。しかし、せっかく住みついた動物も、もし海進などで海水をかぶることがあればすべて死滅する。したがって、海退で再び陸化したときそこに姿を見せる動物は、すべて陸化後の新参者ということになる。
 ところが海進時代、たとえ小さくとも、島のような状態で海水をかぶらない陸地が残ったらどうであろう。そこには海進前からの動物が生き残り、海退により周辺と陸続きになったときには、これらが新参の動物群と混じり、複雑な動物相(そこに見られる動物の種類全体)が形づくられることになろう。空中を飛ぶ動物であればあまり関係ないが、海・川で移動がさまたげられる動物の場合、そのちがいは決して小さくない。特に島としての隔離時代が長ければ、その間、動物そのものの進化もおこりうるので、様相は一層複雑化する。
 気候の変化が及ぼす動物相への影響も大きい。せっかく住みついた動物も、その種が温暖な気候を好む場合、氷河期のような寒冷気候に見舞われれば、たちまちそこから姿を消す。寒冷気候を好む動物の場合はその逆である。しかしこの場合も、もしそこに地熱の高い地域があれば、寒冷期の苦手な暖地性動物が温存され、逆に風穴のような冷涼な環境が局地的に存在すれば、そこで寒地性動物の生活が保証されることになるであろう。
 水生動物が住みつくためにはもちろんそこに水がなければならない。しかし、水がありさえすればそれでよいという動物は少ない。流水でなければだめ、流水でも底質が礫でなければどうも、止水でもよいが湧水が伴わなくては……などといろいろ注文がつく。だから、その土地にどんな形態の水域があるかにより、住みつける動物もきまってくることになる。
 餌の有無も問題だ。植物食の動物の場合、ノウサギやシカなら植物のえり好みが少ないので、どれどれの種類がなければそこに住みつけないということはあまりないが、昆虫などでは、特定の植物がなければ、他の条件がどんなに十分であっても、そこを生活場所になしえないという種類が多い。寄生性の動物ではこの傾向はことさら強く、肉食性の動物でもこの傾向はなくならない。
 このように考えてみると、いま見られるそこの動物相は、その土地の現在の環境を反映しているのはもちろんであるが、それだけでなく、現在に至るまでにたどった自然環境の変化の歴史が大きくかかわっていることに気づく。つまり、それぞれの土地の動物相は、それぞれの土地の自然の歴史の総決算の姿ともうけとれるのである。動物相だけではない。植物相またしかりである。だから動物相や植物相のなりたちを説明するために、水陸・気候・地形などを含む環境の変遷史が利用できるのはもちろんであるが、逆に動物相や植物相から、その土地のかくされた歴史をさぐることも不可能ではない。そこにいきづいている生きものたちは、みなその土地の自然の語り部であり、歴史の生き証人だからである。人間が自分の都合だけで勝手に植栽した植物や、気まぐれで放した動物。これらはその土地の人間の生活は語るかもしれないが、自然の歴史を語る語り部にはなれない。もともとその土地に生き続けてきた生きものたち、そうした生きものたちによって形づくられる自然、自然を守るというときの対象がこうした類いの自然でなければならない理由がそこにある。緑地あるいは「みどり」という点では同じように見えても、自然緑地と人工緑地(自然らしく復元した緑地も含む)ではその価値において全く異なることを認識したいものである。
 それなら入間台地、そしてそこに位置する鶴ケ島にはどのような自然の歴史があったのだろうか。それを語る語り部たちが、かつてはたくさんいた。しかるに、私たちが彼らからそれを聞き出す前、その多くは鶴ケ島から姿を消してしまった。残った語り部たちがいるにはいるが、彼らとの話し合いはまだ始まったばかりである。そんなわけで、今の時点では、生きものを通してだけでは鶴ケ島の自然史を十分に語りつくすことはできない。ここでは本格的な自然の歴史分野は地形、地質の章にゆずり、動物分野ではそこに生きる語り部たちの簡単な紹介と、彼らのことばの一端を記すにとどめ、別の機会に改めて本格的な自然史の筆をとってみたいと思う。あらかじめおことわりしておく次第である。