さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

音声資料

講演ほか

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大西 行くことのあれ再び三たび、歌集『朱鷺(とき)』を読んで。歌集『朱鷺』を読んでいる。その心境の深みへ引き込まれていくように読み進めている。はじめのほうの作品。『神神の一夜の遊(すさ)び軒ひくき屋根を埋めて春雪きらめく』。『倖を連れて来しごと春の雪幼らの声庭にひびけり』。著者の名、屋代葉子というのはいい名前だと思う。その著者の住んでいる浦和市白幡というところをまだ私は知らない。同じ浦和市内に十年以上も勤めているというのに、一度も歩いたことがないというのは多分、閑静な昔からの屋敷町のせいであろう。この二首の雪の朝の歌のけはいからそんなことを考える。神々たちのすさびのあとのような春雪にうずまって明けた、朝の雪の光。その静けさにひたって過ぎたひとときのあと、幼い子たちが庭に出て雪あそびを始める。にぎわしい声を聞きながら、雪は思わぬ仕合せを人々の上にもたらしてくれたのだと思う。その感じ方にちょっとした飛躍があるのもこころよい。こうした歌から『朱鷺』は始まっていく。
 『通三丁目むかしながらの交差点渡りてはいばらに団扇を選ぶ』。『おびただしく人過ぎゆけど和紙の店かんさんとして秋草の扇』。折り目正しい家にくらした人の習いに、季節の買い物をする。和紙の店に入って団扇などを選ぶ。今のうつつを忘れて昔に戻るようなおもむきの深い歌い方で、呼吸がしずかなことに心をひかれる。
 『飲食(おんじき)にかかはり薄く生き居れば猫一匹もかたへに居らぬ』。うつつに帰った歌である。うつつに帰って身辺を見回す。みずからかしぐ必要のない生活の安らかさは、そのままさびしさに変わる。寒さともなる。作者の年齢を思わず数えさせるような歌になっている。
 『わがおそれ杞憂となりて人に遇はず過疎地帯となり葡萄棚なびく』。一日、父祖の地を訪れた著者は、亡き父上の美徳を讃えて彫られた石碑も、いたずらに苔むしてかえりみられず、村は過疎地帯となって衰えてしまっていることを眼前にする。かつての村の素封家の娘が、都会から帰ってきて道を歩くことを見咎められたりしてはいけないと、恐れていたことも杞憂に終わった、という歌である。しかし、たとえどうでも、一人ぐらい知りびとに会いたい思いが、胸のどこかになかったとはいえないような気もする。旅人のように、故郷を去って著者は再び都会の人になる。
 『やや塩を含めるぬる湯扁平の胸いだく老(おい)ふたり何か語れる』。『明日ははや仕事待つ人誰待たぬわれと並びて夕べの渚』。出で湯などに友達同士語らって出かけることもある。見回すと若い人々は少ないことに気づく。世の移ろいを感じさせられる。そして同行の人とも境遇は違い、相手はまだ世間で用をしている人なのであった。『明日ははや仕事待つ人誰待たぬわれと』と続く言葉づかいはなめらかで美しい。
 『いく日も開かぬ財布貨幣価値かかはりもなきわれの生活』。『ありなれて貧しくをれば物欲らぬ易けき貌となりゆくらしき』。一万円札をくずせば忽ちすっとんでしまうインフレを何とかして、と今日の大平内閣誕生にかかわるテレビニュースで一人の主婦が訴えていた。著者は幾日も財布を開ける必要のない生活をしている。それは決して貧しいことではないのだが、欲しいものがないのだと言っている。『仏像を仰ぎてをれば欲望の数だけの手を持つかと思ふ』という最近の私の歌を見て、「あなたも見かけによらず欲張りなのね」とあきれて私の顔を見た友達がいたが、無欲を装っても、まだまだ私などは、毎日、物欲にこずかれてあくせく働いているのである。
『幼子の祝(ほ)ぎてくれたる誕生日千代紙の鶴わが前に舞ふ』。『もの言へば事件(こと)のおこらむ虞れあり啞(おし)となりはてただ祈るのみ』。かと言って、著者は全く孤独なわけではない。「おばあちゃま、おたんじょうびおめでとう」などと、折り鶴を届けてくれる幼子も近くにいる。そしてその父母も。あるときは啞(おし)のように黙(もだ)して時の経過を待つというような、切迫した事態さえ起こり得ることを歌っている。
 『葭切をききにきて葭切の声をきかず鰻を食べて今日は帰らむ』。『たまたまに街に出づれば若きらの男をみなのけじめもつかぬ』。『バス通り曲れば動坂登り坂槇町通りもみな坂のみち』。『寒がりのわれを愛(かな)しみ白樺も朴の梢も落葉をいそぐ』。こうした歌を読むと、人工よりも自然がいいとつくづく思わせられる。そのときどきの身の周りを見回し、自然に口をついて出た言葉がそのまま歌の形を成したように安らかである。合同歌集『五季』から『笛吹川』、『たびびとの木』と、歌集を重ねて研鑽を積んできた作者でなければ、こう自然にはいかないだろう。『歌壇総覧』というのを見たら、明治28年山梨県生まれ、昭和28年「砂廊」入会とあった。古い歌歴もさることながら、ものを見る目が整っているのは年輪であろう。
 『連翹は万の灯ともしメコン川の祈りにも似て黄の花ゆらぐ』。『ゆめなりと一夜を咲けよ朴の花ほとほと待ちぬわれは急げば』。『幸(さきは)ひは何処にありや石置場石のあはひの花ひとつ咲く』。(註:原歌は『幸(さきは)ひは何処にありや石置場石のあはひに花ひとつ咲く』)『それだけが今日の願ひか春に咲く牡丹買はむと目覚めに思ふ』。『かの峠きぶしの花の垂るる頃ながく行かざりはや行くこともなけむ』。『真白に狼煙をあげて弥生の空擘(こず)くばかりはくもくれん咲く』。花を愛する著者らしく、花を歌った歌は何れもきわだって美しい。きぶしの花の垂れて咲く峠などへは、『はや行くこともなけむ』と歌っておられるが、こののちとも健やかにあられて、再びも三たびも訪れることのあるように、御長寿をお祈りしてやまない。
 
(無音)
 
大西 『朱鷺』一巻を読み終えて、自らのいきづかいも静かになっていることに気づかされる私である。
 
(了)
 
(『藍』1979年3月号 藍短歌会発行 に掲載された「行くことのあれ再び三たび-歌集『朱鷺』に寄せて」の初稿原稿を読み上げたもの)