さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

音声資料

「短歌講座」

昭和59年10月26日

 
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A- それでは早速ですけども、また前回に引き続いてお願いいたしたいと思います。先生、よろしくお願いいたします。
 
(無音)
 
大西 この前は、『秀歌鑑賞』というのを、毎日新聞の全国大会の歌を読みましたが、きょうは、この間行われたばかりの朝日新聞の全国大会、それのいい作品を読みたいと思います。なぜ人の作品を読むのかっていうことですけれども、一人一人、十人十色って顔が違うように、物の考え方、見方、そういうものが人によって違うということを知って、そして、人間って一色にしか生きられませんね。私は若い頃にいろんなものになりたくて、例えば看護婦さんになって、白衣の天使っていうのになりたいなあと思ったりしましたし、それから、ピアニストになろうと思って、勉強すっぽらかしてピアノを一生懸命練習したこともありました。
 で、戦争中でしたから、音楽学校行けなくて、奈良女高師行ったんですけど、そこでもピアノを弾いておりました、まだ諦めきれなくて。そして、女高師の2年生の時にショパンの夜想曲9番の2っていうのを独奏会で弾くことになって、その練習をしておりました。トリルのところがなかなかうまく弾けないんですね。やっと弾けるようになった時に、コルトーという有名なピアニストがいまして、そのピアニストの弾いたノクターンの、その夜想曲のレコードが手に入ったんですね。それで、そのレコードを聴いていると、あまりそのトリルが上手に弾けていてね、私のトリルはそのように上手に弾けないの。
 それで音楽の先生に、「とてもコルトーみたいにトリルが弾けないから、私、降ります」と言ったんです。それがもう音楽会の2週間ぐらい前になっていて、プログラムもちゃんとできていて、4番目に私が弾くことになって、ちゃんとプログラムができた後だったんですけれども、どう練習してもコルトーみたいにトリルが弾けないので、降りたいって話をしました。そしたら音楽の先生が、女の先生でしたけども、とっても怒ってね。「あなたがコルトーそっくりにトリルが弾けるなら、今、奈良女高師になんかいないでしょ。今頃、戦争中だけれどもパリへ行ってるわ」、そう言うんですね。それぐらい弾けたらパリへ行って、今ピアノの練習してるだろうと。「奈良女高師の文科の生徒なんだから、文科の生徒としてのピアノが弾ければいいんですよ」、そうなだめられましてね。そして、音楽会に出た記憶があります。
 で、ピアニストにもなりたかったけれどもなれなかった。それからいろいろなものになりたくてなれなくて、結局、学校の教員になって、それもこういうふうに皆さまにお話、きちんとできるようになったのは、年を取ってからでして。若い時はのぼせ症でね、なかなかみんなの前でお話しできなくてね、女学校の教壇に立っても、国語の時間は何とかやれるんですけれども、昔は学校の先生がそう多くなかったから、社会科も、それから音楽の先生が休むと音楽も教えさせられたし、それからお習字の先生が休むとお習字も教えさせられたりして、女学校で万能の先生をしてたんですけども、女学校の先生もどうものぼせてしまって駄目みたいっていうんで女学校もやめて、そして公務員、教育委員会に入って、社会教育の仕事になったんですけど。だから、もともとこういう、人の前でお話しすることが至って不得手なんですけれども。
 ともかく人間って1回きりしか生きられないんですね。そして、その人に備わった考え方しかできないわけですけれども、世の中にはいろんな考え方をする、そしていろんな生活をしている人がいる。そういうことを人の歌を読むことで知ってね、そして視野を広げていくっていうことは、とっても大事だと思うんです。
 テレビの、例えば、ドラマを見ても、その女主人公、男の方がいらっしゃるから、男の主人公が、どんな生き方をして、どんな会話をしてたかっていうことを見ていても、ただ見ていて、受け入れるだけじゃなくて、その主人公と自分を置き換えてみて、そして、例えばあの池内淳子は、『幸福戦争』っていうのかな、今、やってるけれども、あの池内淳子はあの時、あんなこと言ったけれども、私なら何て言うだろうなあ、私ならどうするだろうなっていうことをね、いつも自分の立場と置き換えて考えてみると、少し生活の分野が広がっていくと思うんです。
 自分一人しか知らない、自分の生活しか、他のことは考えないというのでは、歌っていうのが広がらないし、深まらない。だから、小説を読んでも、ドラマを見ても、いろんなことを自分と引き比べて見てみる。私なら決してああはしないだろう、あんな浮気はしないだろうとか、自分とね、比べて考えてみるっていうことが、人生を深めていくんじゃないかなって思うんです。それと同じように、よその人の歌を読むことで、ああ、こんな歌い方もある、こんな見方も考え方もあるというようなことを広げていくということと、それから、たくさん言葉を知ってるほうが自分の表現をしやすくなりますので、いろんな言葉をたくさん知るという、ボキャブラリーを増やす、なんてしゃれたことをいうんですけども、語彙を増やしていくということね、同じ悲しいでもいとしいでも、いろんな言い方があるっていうことを知っていくことが、自分の歌を豊かにすると思うんです。
 そういう意味で、秀歌鑑賞、できるだけいい歌をたくさん読んでみるということが大事なわけでして、差し当たって、この間の全国大会の優れた歌というのを読んでいるわけです。それはどんな歌でも構わないけれども、優れた歌をよく読むということ、皆さんが取っていらっしゃる新聞の歌壇でも、よく読んで味わって、私ならこうは歌わないわ、私ならこうするだろうっていうことが、歌の批評なんですね。
 世の中には批評家っていう人がいますけれども、おおよそは自分が歌を作らないで、かくあるべきだと言っていることが多いんですけれども、歌詠み自身の批評っていうのもあるべきで、歌詠み自身がお互いに批評するときは、私ならこうは歌わない、私ならこうする、ということが歌の批評なんですね。そういう批評眼も培いませんと、どこかの歌会に行ったときに感想を聞かれることがあるでしょう、そのときに、どんな批評をすればいいか、大抵おどおどしてしまうものなんですけれども、そのときに、「私ならこうはいたしません、私ならこういうふうにします」って言うことが歌の場合は批評なんですから、どこの歌会いらしても、人の歌を読んでおかしいなと思うところは、「私はこうしません」と言うことが批評になるということをね、覚悟して行くと、そんなに慌てないで済む。「いいと思いました」とか、それで大体座ってしまう方が多いんだけれども、なぜいいか、私もこう歌うだろうというときに、いいということが言えるわけでしてね。私ならこうは歌わないっていうのは批判していることで、その歌の悪いところを批判することになるわけですからね。よその人の歌もよく読んでおくということが、歌を広げ、人生を広げることだと思うんです。
 朝日新聞の全国大会は、この前読みました毎日新聞と少し傾向が違うんだっていうこと、両方の選者をやってみて分かったんですけれども。毎日新聞のほうは、どちらかというと生活を基盤とした歌が多かったのに比べると、朝日新聞という、毎日新聞と朝日新聞の新聞の性格もあると思うんですけれども、朝日のほうはどちらかというと、社会的なというかな、社会的な歌、例えば、核に反対する、戦争の歌、反戦の歌っていうようなものがクローズアップされているんじゃないかなという気が私はいたしました。どちらにしても、いい歌はいいわけでして、そんな歌をきょうは読んでみようと思います。
 これは、1番の歌は、文部大臣賞かな、何か1番良かった賞、大会賞っていうのですけれども。1番。『ルオー描きしイエスキリストによく似たるイスラム兵は銃を持ちたり』『ルオー描きしイエスキリストによく似たるイスラム兵は銃を持ちたり』。テレビの画面を見ているんだと思うんですね。イスラムのほうでイスラム兵が銃を持っている、テレビの画面を見ていると。その人の顔は、ルオーが描いたキリストの像に似てた。キリストは、世の中を救うために犠牲になって十字架にかかった神様なわけだけれども、テレビに映ったイスラム兵は、顔はそっくりだけれども銃を持って戦っている兵だった、というようなことを社会的な視野で捉えているんですね。
 この歌を見て、私は、例えば私たちが身の回りを見回して、歌の材料をたくさん拾うわけだけれども、この人はテレビの画面から素材を拾っているわけですね。テレビからいろいろ素材を拾うわけだけれども、その拾う一つの見方として、ルオーの描いたキリストっていうのを作者は知ってた。そしてたまたま見たイスラム兵を似ていると感じた。その瞬間、そのイスラム兵は銃を持っている戦う兵士であった。およそキリストの理想と違う、戦いをしている兵士であった。それもやむを得ず戦っているのかもしれない。いろんな、そういう社会的な世界の情勢っていうようなものを踏まえて、そしてテレビを見ていた、ということが知れると思うんです。漠然と見ていない。しっかりと、自分の持っていたキリストのイメージ、それはルオーの描いたイメージのキリストであり、今見た眼前のイスラム兵もそっくりな顔してるけど、兵として働いている、銃を持っているイスラム兵だったという辺りに、漠然とした作者の驚きがあって、それをうまくまとめていると思うんですね。ここには一つの特別な、この人でなければならない視野というものがあって、キリストに似ている、ただ漠然とそうではなくて、ルオーの描いたキリストということで、この人の持っている個性というようなものが出てきたと思うんです。
 2番。『細石器の製図に寒灯かしげ合うこの若人らを兵に取らすな』『細石器の製図に寒灯かしげ合うこの若人らを兵に取らすな』。反戦の歌なんですね。細石器というのは石器時代、古代の、小さい石でできたおのだとか、やすりだとか、そういうものが遺跡から出てくる。その小さい石器をね、紙の上に広げて、製図にその形を写している、そんな場面を見ていると。そして、寒い日も電灯をかしげて、その絵を描いている若者たちを見ていたら、このように研究熱心に古代のことを研究している人たちを、決して兵隊に取られてはならない。あくまでも平和であって、そして子どもたちの、若人たちの研究が進められるような平和な世の中であってほしいと作者は歌っているんですね。
 どんな場面でも、そこに作者の理想というようなものを歌おうとしている姿勢が、ここにはあると思うんですね。その若人はどんな若人でもいいわけですけれども、この若者たちを兵に取らすような世の中になってほしくないという作者の理想が込められているんだと思うんです。その上の句に何を持ってきても当てはまるんじゃないかという説もあると思うけれども、その古代の遺跡から出た小さい石器を、図面に写し取っている、そういうこまごまとした仕事を寒い夜にやっている、そういう姿を見ると、つくづくと平和であってほしい祈りが作者に湧くというようなことであるんですね。これも大会賞を得た作品でした。
 3番。『確執の解けざるままに父と兄老いて面輪の哀れ似通う』『確執の解けざるままに父と兄老いて面輪の哀れ似通う』。確執、何かこだわりがあって、いつまでも仲の良くないお父さんとお兄さんがいる。その確執の様子を作者は痛ましく見ていたことでしょうけれども、お父さんもお兄さんも年取った今、その面影を見ると、仲の良くない父と兄なのに、『老いて面輪の哀れ似通う』と言って、紛れもない親子であるということを、その顔つきが似ていることから感じて、仲良くしてくれればいいのにと思う。
 私たちも周辺を見回すと、肉親でありながら仲の良くない関係の人もいますね。そういうようなところをうまく見て、『確執の解けざるままに父と兄老いて面輪の哀れ』、何としたことだ、仲が悪いんだけれども、面影が似ていて、やっぱり親子であるということを表している。この場合に父と兄っていうのは作者を中心にして歌っているのね。作者のお父さんと作者のお兄さん。ということは結局、親子ですね。親子なのに、なかなか仲良くできない親子もいる。その2人が、はたで見ていると、両方とも年を取って、そして面影が似ているということにはっとする作者の感じですね。そんなものを出している。
 4番。『皇(すめらぎ)の赤子たりしとおどけ言うソウルのガイドの眼(まなこ)笑わず』『皇の赤子たりしとおどけ言うソウルのガイドの眼笑わず』。これも社会的なことを歌っていますが、ソウル、京城へ観光旅行で作者は行ったらしい。その観光旅行のガイドをしている人が、昔のことに触れて、皇の赤子として戦ったというような戦争のむごい思い出をガイドの中で言ったわけですが、おどけて「皇の赤子、お互いにそうでしたからね」というようなことをおどけて言ったけれども、そのガイドさんの眼は笑っていなかった。おどけて言ったけれども、目は笑っていなかったということで、ソウルの、朝鮮の人たちが虐げられた記憶というものをいまだに持っていて、そして笑うに笑えないむごい思い出をいまだに残しているんだっていうことを作者は、その表情から知ったんですね。言葉でおどけているけれども、眼は笑っていなかったということで、朝鮮と日本とのむごい過去の歴史を、作者は改めて思い知らされた、というような歌なんですね。『皇の赤子たりしとおどけ言うソウルのガイドの眼笑わず』。
 5番。『屋上にはためきやまぬ国旗より激しく揺らぐ日本の平和』『屋上にはためきやまぬ国旗より激しく揺らぐ日本の平和』。屋上に、どこかの役所でしょうかね、お役所かなんかの屋上に国旗が、日の丸が揚げられて激しく風に揺らいでいる。その国旗よりも今、日本の現状を見ると、もっと激しく揺らいでいるのが日本の平和じゃないか、と歌っていますね。国旗がはためいている様子を見ても、国旗も揺れているけれども、もっと激しく日本の今の平和が脅かされているんだということを作者は感じる。『屋上にはためきやまぬ国旗より激しく揺らぐ日本の平和』。
 今晩はNHKで8時から、『スクランブル』という放送があるようで、そこでは日本の上空でソ連とアメリカの空軍がお互いに激しく火花を散らしている、本当に日本の平和が脅かされつつあるということを映像で紹介するようですけれども。『スクランブル』という、第1放送、総合テレビだと思うんですが、時間があったらご覧になると、この歌などよく分かってくるんじゃないかと思う。日本の自衛隊というのは1パーセントの中で激しく増強されているわけだけれども、ソ連に攻撃されると15分で全滅するそうですね。そういう情報もある、そんな中で、どんなことが日本の上空で行われているのかっていうようなことを、はっきりと社会情勢も見極めておく。そういうことがこの歌を、この歌のような歌を作ることもできるし、味わうこともできると思うんですね。歌だけ上手になればいいというのではなくて、世界情勢や社会のいろいろなことを深く知っておくということも、歌を豊かにする大事な要素ではないかと思う。この歌などを読むと思うわけですね。今晩私は8時、忘れなかったら見ようと思っています。
 6番。『訓練のほかに用なき物であれ孫の頭に合う頭巾縫う』『訓練のほかに用なき物であれ孫の頭に合う頭巾縫う』。選者が選んだ歌の1位になった、ここらへんの歌ですけれども、このおばあちゃまはお孫さんのために頭巾を縫っている。防空訓練か防火訓練があって、その時に使うための防空頭巾を、昔のように綿を入れてお孫さんの頭に合わせて縫っている。でも、それはあくまでも訓練のために縫うのであって、本当にそれが必要な場面があっては困るんだと歌っているんですね。おばあちゃまがお孫さんのために頭巾を縫うというようなことも、ごく日常の茶飯事であるわけですけれども、その時に深く考えて、これは訓練のために縫うのだぞ、本当に本物の空襲や火災があったりして縫うものではない、そうあってほしくないという祈りの気持ちがこの歌を作らせていると思いますね。『訓練のほかに用なき物であれ』、ここに祈りを込めて、『孫の頭に合う頭巾縫う』。日常のこともこうして歌にまとめれば、しっかりと作者の祈りが込められると思うんですね。
 7番。『自己触診している乳房暗がりに鬱々と栗の花においくる』『自己触診している乳房暗がりに鬱々と栗の花においくる』。乳がんであるかないかっていうことを、自分で自分のお乳に触って診断する、それが自己触診だと思うんですが、自分の乳房に触って、がんのかたまりがないかどうか探っている、そんな暗がりに栗の花がにおってきたという歌なんですが、栗の花がにおう頃は、ちょうど梅雨の頃で、気分が全体に優れない季節ですね。そんな時に栗の花がにおってきたということによって、自分の乳房に触って、がんの予防をしなければならないような、そういう状況を鬱々と感じているわけですね。うっとうしく、悩ましく、そして栗の花がにおってくるから、余計に、何となく物暗いような、悲しいような、そんな気分になる。その気分を出しているのが、栗の花だと思うんですね。自己触診ということは誰でもすることで、私はがんの系統でないので大丈夫だと思いながら、やっぱりそうしないと心配で、自己触診ということをするわけですけれども、自己触診をするのは誰でもするけれども、その中に栗の花をにおわせて、そして鬱々とした気分を出すというようなことは、一つのやっぱり、技巧だろうと思うんですね。何を持ってきてその気分を出すかということね。そして栗の花のにおいをさせて、季節のようなものも出すというふうにして、一つのまとまりのある世界を作り上げている。何かをしながら何かを呼び寄せて一首の歌にしている。そういう技巧がこの歌にはあると。『自己触診している乳房暗がりに鬱々と栗の花においくる』。やるせないような女性の気持ちが、ため息が、聞こえているような歌です。
 8番。『会いて来しわれの鼓動を知りている瑪瑙のブローチ胸より外す』『会いて来しわれの鼓動を知りている瑪瑙のブローチ胸より外す』。この、福島県のヒライデレイコさんという作者を、私はたまたま知っているんですが、もう50近い女の方なんですね。『会いて来し』、この方の、私、旦那様も知ってるもんだから、この歌を読んで困ったことになったなと、実は思ったんですけれども、夫でない人のようなんですね、会って来た人は。誰か好きな人がいて、その人と会って来て胸がドキドキした。それぐらい弾んで、人と会って来た。その鼓動を、胸に飾っている瑪瑙のブローチは知っているわけね、ドキドキした気持ちを。知られているなあと思いながら瑪瑙のブローチを胸から外したという歌なんですね。
 私どもはネックレスをしたり、ブローチをしたり、耳輪をたまには飾ったりして、アクセサリーを身に着けますけれども、例えば、眼鏡なども大きな歌の素材になりますね。眼鏡を拭くことよくありますでしょう。その眼鏡を拭くとき、どんなことを考えていたかなんてのは、ひどく歌になりやすいんですよ。だから、アクセサリーっていうのは、ただ着けているんじゃなくて、それを外したり、着けたり、拭いたり、磨いたり、そういう動作の中にね、案外、歌の素材が転がっているものですから、一つ一つの持ち物を大事に歌にしていらっしゃるのがいいと思う。
 この歌の内容は、私を大変今、心配させているわけですが、旦那様の顔を思い出したりして大丈夫かなって今、思って、会津の人なんですけどね、思ってるんですけど。カメラ屋さんのご主人と奥さんなんですよね。立派なご主人なんで、奥さんが浮気してるのかなっていう心配をしながらこの歌を、いい歌なんだけれども、中身が心配だなっていう感じの歌なんですけれども。『会いて来しわれの鼓動を知りている瑪瑙のブローチ胸より外す』、何でもないブローチを外すという動作の中から歌が生まれてくる。
 9番。『老い就けばいずれが先と思うよう妻のタイプの音澄み通る』『老い就けばいずれが先と思うよう妻のタイプの音澄み通る』。この方は、だいぶお年を召してきた初老ぐらいのご夫婦の場合でしょうかね。だんだん年を取ってきた、『老い就けば』、だんだん老いてきたが、夫婦、今一緒に暮らしているけれども、どっちが先に逝くのかなあと思って夜をいた。残されるのは嫌だなあという考えがどちらにもありますわね。『老い就けばいずれが先と思うよう』、奥さんはタイプで内職をしているのでしょう。奥さんがタイプを打っている、その奥さんの打つタイプの音が澄み通って聞こえる。あれはなかなか死にそうにないなあと思うのかもしれませんが、どっちが先かなあと思うというのも、老夫婦の実感だと思うんですね。どっちが先なのかな、できれば1日でも先に死にたい、なんて思うのが夫婦の常ですけれども、そういう日常の感情でもね、歌にしていくと、こういう歌になるわけですね。『老い就けばいずれが先と思うよう妻のタイプの音澄み通る』。
 この下の句でさまざまに自分の生活を描くことができると思うんですね。例えば、そこの歌(####@00:28:35)下の句に持ってこれると思うんですね。『妻は厨になお洗いいる』、とかなんか持ってくる。いろんな使い方があると思うんですけれども、そんなふうにして、思ったことをまず上の句に持ってきて、そして下の句で具体的なことを言っていく、というのも歌の作り方ですよね。この場合はたまたま奥さまがタイプを打っている。『妻のタイプの音澄み通る』ということで、あんなにしっかりと働いてくれる奥さんだなということを作者は感じているわけです。
 10番。『化学室に勤むる子より徹夜する電話かかりて外灯を消す』『化学室に勤むる子より徹夜する電話かかりて外灯を消す』。こちらは年を取ったお母さんの歌でしょうか。大学の化学室か企業の、どこか企業かもしれませんが、化学室というような、実験をおもにする化学室に勤めている子どもがいる。その子どもから電話がかかってきて、きょうは徹夜の仕事になってしまったから、今晩は帰らないよという電話がかかってきた。それで、今まで待って、軒の外灯を消さないでおいたわけだけれど、帰って来ないと分かって外灯を消したという歌ですね。『化学室に勤むる子より徹夜する電話かかりて外灯を消す』。
 これなども普通の生活の中にある、電話がよくかかってくる、それからかける、電話というものも、非常にこの頃は日常になくてはならないものになっていますが、電話などもなかなか、歌の素材としてはよく使われる素材だと思います。
 
B- 先生、この方は毎日新聞にも出ていらっしゃいますね。タハラヨシコさん、福岡県の方で、両方に出てます、この人。72歳の方。
 
大西 ああ、本当だ。お年を召してますね。
 
B- そうですね。だから、きっとこれ、息子さんか娘さんか知らないけど。
 
大西 子どもさんが実験室に勤めているんですね。
 
B- ええ、そうですね。だから、ああ、と思って。
 
大西 そして、72歳。
 
B- 72歳って書いてある。
 
大西 年、取ってますね。
 
B- そうですね。
 
大西 お年寄りで、そして子どもさんが化学室に勤めている。こういう日常の中にある・・・。