さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

音声資料

「短歌講座」

昭和58年10月21日

 
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大西 ・・・のことを心ゆくまで歌って救われる部分がある、それが歌の大きな魅力であろうと思いますね。
 例えば、明治維新の頃の幕末の志士と言われるような人たちは、亡くなるときに必ず辞世の歌を詠みました。それから、あの太平洋戦争でも、学徒出陣などで駆り出されていった兵士たちは,亡くなる前に、何か遺言をというと、歌の形で母への思いとか、国を愛する思いとかを歌ったといいます。そういうふうに、自分の思いを述べる形として、五七五七七の形は、千何百年も続いてきただけの大きな形であるわけですね。ちょうど一つの区切りのある内容を歌いきるのに、適した長さがあるわけです。五七五七七という調べもあるわけですね。そういう調べに乗って、自分が今こうだ、こう思っているということを歌うのに適した調べで、長さであったために、万葉集以来1400年近く続いて作られてきているわけですね。
 そういう歌でございますから、私たちは、こういうピラミッドの頂点もさることながら、毎日の思いを少しずつ歌にしていくことで、自分を浄化して、少しでも清めて、少しでも静めていくことができれば、それはそれとして、歌の大きな救いであろうと思うわけです。
 だから、根本には、自分が何を歌いたいか、歌いたいことを素直に心ゆくまで歌う。そして、その歌った歌が、できれば、例えば恋の歌であれば、相手の人に分かってほしい。相手の人ぐらいには分かってほしい。そして、できれば歌の会に出して、何人かの人が賛成してくれて、「この歌はいい歌ですね」と何人かは言ってほしい。最後は、みんなに褒められてほしい。そこまでの段階が歌にはあるわけですね。
 自分自身で言いたいことを言う。せめて相手には分かってもらいたい。例えば11番の歌で、三国さんのこの歌、「束縛をあなたにならされてもいいわ」と歌ったら、相手の人は「ああ、俺にだけは束縛されてもいいのか」って思うでしょう。実際、その男の人、中里久雄さんって人なんですけども。その男の人と今、結婚しておられますけれども、その相手に分かるということも条件としてほしいですね。恋愛の歌、歌ったけれど、相手はちっとも分からない、「これ何のことだ」っていうんではしょうがないので、自分が分かり、相手も分かり、そして第三者も少しは分かる。そして、できれば褒められる。「なるほどな」って褒められるような歌を作りたい、そういう段階があるわけですね。歌いたいことを歌う。せめて相手に分かる。そして第三者にも分かる。できれば褒められる。その四つの段階があると思うんです。
 誰でもが褒められる歌を作りたいわけですけども、なかなかその段階は難しい。そして、言いたいことを心ゆくまで言うこともなかなか勇気のいることだし、相手に分からせるのには工夫が要りますね。文法が違っていたりしたら笑われちゃう。その恋愛の歌が伝わる前に笑われちゃうでしょう。笑われないためには、きちっとした語法を整えて、正しく表現していかなければならない。まして第三者はその経験を持たないわけだから、第三者が読んでも分かるように歌うのには、正しい表現をしていかなければならない。
 正しい表現というのは、私は木俣修という先生から習ったことですけれども、文法を正しく使うこと。そして一首の歌は文語で大体調べを持って歌いますけれども、それを散文に直したら、きちっと散文に直るような、一首の歌が一つの文章として成立しなければならない。それを「一首ワンセンテンス」と私の師匠は教えましたが、「一つの文章として成立していなければ、歌としても正しく表現されていないのだ」というふうに教えてくれたんですね。一つの正しいワンセンテンス、一つの文章というのは、何々が何々をしてどうなったというところまできちっと止まって、ピリオドも打てる。句読点が、句点が打てる。そういうところまで、きちっといっていなければ、歌の表現としていいとは言えないということを、厳しくしつけられましたけれども。「必ずどこかで、一首の歌がどこかで止まっていること。ピリオドを打って、きちっと丸をして、止まっているように歌うこと。そして、意味がよく分かること。そういうことが最低条件として必要だよ」ということを、先生は教えました。
 そして『ただこと歌』というんでしょうか。「ああ、そうですか。なるほど」ってそれで終わってしまう歌を『そうですか歌』と言いました。「ああ、そうですか。なるほど」、それで終わっちゃう。『そうですか歌』ということも言いましたけれども、そういう何の読んだ人に感動を与えなくてね、「ああ、そうですか。そのとおり」というのが『そうですか歌』だと言うんですけども、そういう歌も基本にはあるわけですね。そこから出発するといってもいいかもしれませんけれども。「ああ、そうですか」で終わってしまう歌から出発して、そして、読んだ人を感動させるような歌が、やがてできるようになるのではないのでしょうか。
 私は、女学校の1年生のときに、ちょうど盛岡に生まれたので、啄木の故郷に近かった。そして盛岡中学というのは、啄木の学校でもありましたから、どこ行っても啄木の歌碑がありました。それで小さいときから啄木の名前を知って、啄木のまねをして歌を作り始めた。それが12歳の時ですね。だからもう50年近く歌を作っていることになりますね。そして、私が自分の歌いたいことが、きちっと歌えるようになったなあと思ったのが30年たったときでした。歌というのは、日本人であれば誰でもできるけれども、「これでよし」というのには歳月がかかるんですね。だから気が短くてはちょっと駄目で、ゆっくりゆっくり、階段を緩やかに登るように登って行くものだと思います。一通り作れるまでに30年と思えば、先が長うございますから、安心して歌っていらっしゃればよろしいのです。そしてまあ、誰にも文句言われない歌が作れるなあという感じは、30年たって、ちょうど45、6の時ですかね。そんな感じがございましたね。だから、間口は広いけれども、奥行きの大変深い文芸だということが言えますね。
 2、3年前に短歌ブームというのがありましてね。あちらこちらで短歌教室が開かれると、どこの短歌教室も大入り満員で、大変な状況があったんですね。そして歌詠みたちは、短歌教室の先生をしていて、自分の歌を作る暇がないという笑い話さえあったほど、ブームがありました。でも今はそれは去っております。奥行きがあんまり深いから、気の短い人は辞めちゃうわけね。「ああ、もう駄目だ」、そう思って辞めちゃうから、だんだんそのブームも廃れてきて、今はどこの短歌教室も満員だということはほとんどありませんね。まばらになって、本当に歌の好きな人が、気を長くして歌っているというのが今の状況だと思います。
 できれば自分の思ったことを、思った通りに表現できる。そして読んだ人が「ああ、そういう気持ちだったのか」と分かってくれるような歌をせめて作りたい。そういうことが私たちの願いなのじゃないかと思うんですね。そんな基礎になるようなことをと思って、この歌を引いたのですが、ピラミッドの頂点ですから、ちょっと仰いで高いなあという感じがすると思うんですけれども、その中では、分かりやすい歌もあると思うんですね。大事なことは昔から使い習わした言葉、川はさらさら流れる、雨はしとしと降る、そういう昔からのもう決まりきったような、決まり文句というようなものをなるべく使わないでね、自分の言葉で自分の感じを柔らかく優しく出していく。そういうことも工夫しながらね、歌っていけば、その人らしい文体といいますか、その人らしい息遣いの聞こえるような、そういう歌ができていくに違いないと思います。
 「歌の上達法は何ですか」ってよく聞かれますけれども、上達法というのはたくさん詠んで、たくさん作るほかないと思うんですね。どんどん作っていくこと。そのためには、お台所にでも、枕元にでも、ノートと鉛筆を用意しておいて、気が付いたら書き取っておくこと。夢の中でよくいい歌ができることがあるんですよね。でも醒めるともう忘れている。われながらいいと思う歌が作れることがあるんですけれども、それはすぐ忘れますから、スタンドをつけて、夢が醒めた時点ですぐ書いておくこと。そんなようなことも大切と思います。そして、五七五七七とまとめることは難しくても、その断片でも書いておけば、その断片を引き伸ばしたり、足したりして、歌の形に直すことができますから。ふっと思い付いたいい言葉があったら、気が付いたいい情景があったりしたら、書き取っておくこと。そうすると、それが芽になって、やがて芽を吹いて大きくなることがある。
 宮沢章二さんていう詩人がいらっしゃいますけれども、「詩人は拾い上げなければならない」と宮沢さんはおっしゃいます。なるべくたくさん素材を拾うこと。拾って書き取っていくこと。詩を作るのには、歌を作るのも同じでございましょうが、「拾い屋であること。そして、拾ったものを全部料理しようと思うと間違いで、料理に間に合わない、役に立たないと思ったものは捨てること。拾い屋であって捨て屋であること。それが、詩を作るコツだ」とおっしゃったのを聞いたことありますけれども。歌でもそのとおりで、なるべく材料をたくさん拾うこと。そして歌にしていく。役に立たないと分かったら思い切って捨てること。いつまでも歌にならない言葉にこだわっていると、そのことにこだわっていて次へ考えが進まなくなりますね。だから一歩考えを進めるためには、役に立たない素材は捨てること。拾い屋であり、思い切った捨て屋でもあること。それが歌を作るコツなのかもしれません。
 昨日でしたか、お友達に電話をかけました。そうしたら、出てきたのは小ちゃい子で「誰でちゅか」とかなんとか言うんですね。それで、ああ、ここで歌の材料一つ拾えたなあと思ったんですが、それはお孫さんの声だった。友達に電話かけたら、小ちゃい子が出てきてお孫さんだった。かわいかった。しばらく話をした。それは歌の材料になるなあと思いましたね。でも、まとめ方は難しいですね。そういうような、ちょっとしたことを心に留めて、できれば書き留めておく。そういうことが多分、歌を作る基礎になると思うんですね。なるべく素材を拾うこと、そして歌にならない素材だったら捨てること。そういうことを心がけますと、歌の世界が私たちの目の前にも開けてくるのではないでしょうか。そして、できればありきたりの言葉でなくて、自分らしい言葉で表現していくこと。そういうことを心がけますと、案外30年掛からないかもしれませんね。3年ぐらいに短縮できるかもしれない。そういうことを考えます。
 そんなことで現代短歌入門を終わります。ちょっとお休みをさせてください。
 
(休憩)
 
大西 それでは、取って置きの偶数のほうを。
 
(雑談)
 
大西 2番ですね。『届きたるクラス会名簿の住所欄不明なる友の安否を思う』『届きたるクラス会名簿の住所欄不明なる友の安否を思う』。不明はこれでいいかな。行方不明のときは明らかという字ですね。クラス会の名簿が届いた。そうしたら住所欄が不明のお友達があった。そのお友達の面影を思い浮かべながら、どうしているんだろうなあ、安否だから、安らかなのか、それとも何かあるのかというふうなことを思ったという歌ですね。
 こういうことはよくあることで、私の住所欄もしばらく不明になっていたのよ。私は行方不明にしていた。安否の安のほうでしたね、その場合はね。私は安なわけだから。『届きたるクラス会名簿の住所欄不明なる友の安否を思う』。このときに、安否を思うっていうのは、そのときの率直な考え方ですね。率直にそのままおっしゃっているんですけれども。『不明なる友の面影浮かぶ』なんて言い方あるかもしれないね。その不明の人の顔を思い浮かべたというような言い方あるかもしれない。『安否を思う』というよりは、『不明なる友の面影浮かぶ』なんかのほうが、もう少し近づくかもしれないね。『面影浮かぶ』。その人の顔立ちを思い出してしまった、というような感じも出すことができる。『届きたるグラス会名簿の住所欄不明なる友の面影浮かぶ』。少し優しくなるし、近づく感じがするでしょう。安否を思うだとどこへでも当てはまってしまうけれども、その人の面影を思い浮かべたというほうが、少し優しくなるかな。そんな感じがしますね。でも、このままでもいいですよ。しっかりまとめている。
 それから、4番。『虫の音に季節の早さ驚きぬ昔は愛でて聞きおりしもの』『虫の音に季節の早さ驚きぬ昔は愛でて聞きおりしもの』。虫の声が聞こえる。あ、もういつの間にか夏が終わってしまうんだ。季節の巡るのが早いなあと、驚いてしまう。それも、でも年のせいかもしれない。昔なら、もっと余裕があって、虫の声を愛でて、愛してという意味ですね、愛して聞いていたものだったのになあと。若い頃は虫の声をいいなあと思って聞いたのに、今は季節の早さに驚いてしまって、なんか慌ただしい思いがする、年のせいかしらというような感じを歌ってらっしゃるんでしょうね。
 『昔は愛でて聞きおりしもの』と切ってしまうかどうかっていうことは、心配なところですね。聞いていたものだ、と言い切ってしまうのか。『昔は愛でて聞きいしものを』と優しくするか、どっちかだなあ。『聞きいしものを』。聞いていた、『聞きいしものを』。『虫の音に季節の早さ驚きぬ昔は愛でて聞きいしものを』というふうが少し優しくなるかな。聞いていたものだったのに、という言葉が出てくるでしょう。もの「を」と入れることによってね。『虫の音に季節の早さ驚きぬ昔は愛でて聞きいしものを』とすることで、少し余情が出てくるかなという気がしますね。これもいい歌ね。
 それから6番。『十年余を慈しみし鳥両の手に骸包みて吾子しのび泣く』『十年余を慈しみし鳥両の手に骸包みて吾子しのび泣く』。10年以上も慈しんで、大事にして飼っていた鳥が死んでしまった。その鳥の骸を、亡きがらを子どもが両手に包んで、しのび泣いているっていう歌ですね。そのお子さんがよほど大事にして、10年あまりも飼ったというのだから、長生きをした鳥ですね。10年あまりも慈しんでいた鳥、その骸を両手に包んで、子どもがしのび泣いていますという歌ですね。
 これでも構わないようなものなんですけど。『十年余を慈しみし鳥両の手に』、そこの続け方、少し不自然かもしれない。『十年余を慈しみし鳥の骸なり』とそっちへ持っていったほうがいいかもしれないね。『十年余を慈しみし鳥の骸なり両手に包みて吾子しのび泣く』、そんなふうに順序を変えるほうが自然かもしれません。『十年余を慈しみし鳥の骸なり両の手に包みて吾子しのび泣く』、とするのが自然な続け方かもしれません。『十年余を慈しみし鳥の骸なり両の手に包みて吾子しのび泣く』。そんな感じにまとめるほうが自然になるかもしれない。小鳥を愛して、それを失った悲しみを、子どもさんが味わっているんですね。
 それから8番。『共稼ぎ二十六年いたわりの妻伴いてタイ国へ旅す』『共稼ぎ二十六年いたわりの妻伴いてタイ国へ旅す』。そうですかって感じかな。いたわりのでいいかなあ。『共稼ぎ二十六年いたわりて』とか、いたわりつとかするかなあ。『共稼ぎ二十六年いたわりて』、いたわりつ。いたわりて、いたわりつ、どちらかですね。そして『妻伴いてタイ国へ旅す』、いいなあと思うけれども。『タイ国へ旅す』、そのとおりを歌ってらして、なるほど、という感じはしますね。『共稼ぎ二十六年いたわりつ』、いたわりつつという意味でしょうね、いたわりつ。『妻を伴い』、そういうところが難しいところかねえ。『タイ国へ旅す』と言われると、そうですかいいですね、っていう感じになってしまうよね。何首かに分けて歌われるとしてね。『妻を伴い旅立たんとす』とかなんとかするとね、優しくなるのね。『旅立たんとす』。
 この一首だとね、共稼ぎをして26年間、その奥さんをいたわって、その奥さんを連れてタイ国へ旅をしてまいりました、という報告の歌になってしまうでしょ。報告するんじゃなくて、何となく情感が揺らぐような感じにまとめるのがいいのね。そうすると旅立たんとすというような言い方のほうが優しくなるでしょ。そして、訪ねて行ったタイ国はどうであったかというふうなことを、またつないで歌えばいい。そういう優しく、たゆたうように歌うということも大事かもしれない。
 この一首の中で全部を言ってしまおうとするから、共稼ぎが26年もあったんだ。だから大変なんだったから、かわいそうだったんだから、タイ国へ旅しに行ったんだと、一首の中で全部を言おうとすると難しくなるのね。『旅立たんとす』というような感じで、これから行くんだぞというような感じを、たゆたうように歌うほうがいいのかもしれない。そして『空港に降り立ち見ればタイ国は』というような感じで、タイ国の感じを、また歌っていけばいいわけでしょ。一首の中で全部納めて、報告してしまわないほうが歌はいいかもしれない。ということをちょっと考えさせましたね。
 それから10番。『孫らみな香を手向けて賑やかにわれのみ墓碑をじっと見つめん』『孫らみな香を手向けて賑やかにわれのみ墓碑をじっと見つめん』。お墓参りの場面なんですね。お孫さんたちは、みんなにぎやかに香を手向けて、にぎやかにしているけれども、私はそんなにぎやかな気分になれなくて、私だけは墓碑をじっと見つめていたというのかな。『見つめん』というと、見つめようという、これから未来のことになるんですね。見つめん、見つめよう。今、見つめているならどうするのかな。『孫らみな香を手向けて賑やかにわれのみ墓碑をじっと見つむる』とか。今、見ているならね。見つむる、見つめぬ、見つむる。にぎやかな気分になれなくて、作者だけは墓碑をじっと見つめて佇んでいたというようなのであれば、われのみ墓碑をじっと見つむる、そんな感じになるでしょうね。そんなところです。お墓参りの様子が出ていますね。
 それから、12番。『九月の朝霧敷川の真上飛ぶ白鷺一羽いずこより来し』『九月の朝霧敷川の真上飛ぶ白鷺一羽いずこより来し』。きし、とも読みます。来るという字は、カ行変格活用の活用ですから、こし、ともなるし、きし、ともなるんですね。どちらで読んでも構わないんですね。この場合は『いずこよりこし』と詠んだほうが優しいかしらね。『九月の朝霧敷川の真上飛ぶ白鷺一羽いずこより来し』。9月の朝、爽やかな初秋ですね。霧敷川の真上に白鷺が飛んでいる、一羽だけ。その白鷺はどこから来たのだろう、と歌っていて、余情を漂わせたいい歌ですね。『九月の朝霧敷川』、霧敷川なんて与野の川ですか、その霧敷川の真上を白鷺が飛んでいる。風土が出ているし、白鷺一羽どっから来たのかな、迷ってきたのかしらと思う。白鷺に寄せる思いが、そして仰いでいる作者が感じられますね。『九月の朝霧敷川の真上飛ぶ白鷺一羽いずこより来し』。いい歌ですね。
 14番。『屋上のミニ釣り堀に糸を垂れ浮きを見つめる子らのまなざし』『屋上のミニ釣り堀に糸を垂れ浮きを見つめる子らのまなざし』。屋上にミニ釣り堀があるんですね。小さい釣り堀がある。そこで釣りを楽しんでいる子どもたちが、浮きを見つめてじっとしているという歌ですね。浮きを見つめるは口語ですが、文語にしたらどうなる? 見つむるになりますね。『屋上のミニ釣り堀に糸を垂れ浮きを見つむる子らのまなざし』。ひたむきであったということでしょうね。子どもたちの視線がひたむきに浮きを見つめていたという歌でしょう。屋上などにミニ釣り堀があるような、そんな現代の風景。その中で子どもたちが必死になって釣りをしている。そんな状態を描いていますね。『屋上のミニ釣り堀に糸を垂れ浮きを見つむる子らのまなざし』。浮き、という字は、この字でいいかな。子どもを普通は入れるかもしれないね、浮子と書いてうきと読ませるかもしれない。でも、振り仮名でもしておいて、「うき」と読ませれば、それでもいいですね。
 それから16番。『この椿庭の御職(おしょく)と評しける粋な老婆は鼻眼鏡して』『この椿庭の御職と評しける粋な老婆は鼻眼鏡して』。御職というの私知らなくてね、字引を引きました。そうしたら「御職女郎」ということがあるんですってね。お女郎さんの中で、また中心になる、上に立つお女郎さんのことを御職というと書いてありましたが、その粋な老婆ということでね、昔水商売をしていた老婆だということを表しているのでしょうね。水商売をしていた老婆らしくて、粋な形をした、格好をした老婆。鼻眼鏡をしていて、わが家の椿の木を褒めてくれた。「この椿はお庭の御職ですよ」と評したというんですね。いかにも庭の中心に、でん・・・。