さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―

音声資料

「短歌講座」

昭和58年10月21日

 
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大西 『現代短歌入門のノート』の初めのほうを読みましたけれども、この前のお話をもう一度繰り返してみますと、現代のような短歌の作り始められたのは、明治30年代以降のことで、その頃、正岡子規とか与謝野晶子とか、そういう人たちの、いわゆる旧派の和歌、古今集時代の口調で、ちょうど明治天皇御製のような歌を作っていたのが旧派の歌だったわけですね、それが明治30年代になって、庶民のものとして、万葉集の頃に戻って、そういう上流階級だけではなくて、一般の人たちも作れる歌にしようと、そういう新派の和歌を興したのが明治30年代のことなんですね。
 それ以降、現代短歌というものが流れてきているわけですけれども、ことに戦争以後、昭和20年代から30年代にかけて、大変、短歌の様子が変わってきたということを申し上げたつもりです。戦争中まで抑圧されていた人間性というものを回復して、人間らしい生活を歌おうとしたのが戦後の歌なんですね。そして人間らしい生活を、いかにリアルに歌うかということを持ち出してきたのが前衛の短歌であって、それが昭和30年頃からなんですね。それ以降、歌の世界がだいぶ、いわゆる専門歌人と言われている人たちの歌が、非常に変わってきたということを申し上げたと思います。
 それはフランスの象徴詩というような、外国の詩の手法を取り入れて、歌を新しくしていこう、もっとリアルにしていこうという運動が前衛の運動であって、それを推し進めたのが、寺山修司さんとか塚本邦雄さんとか岡井隆さんというような人であった。そういうところから今の歌というのは、ありのままを、見たまま、聞いたまま、感じたままを歌うのではなくて、人間のもっと根本にある心の中のドロドロとしたものを吐き出して歌う。人間の混沌とした部分も歌っていこうというふうな、現代の短歌のあり方になっているということを、この前お話したと思います。
 で、私たちも、見たまま、聞いたまま、感じたままを素直に歌うというところが根本でございますけれども、もっと人間的に深い欲求とか、深い不満とか、いろいろ胸の中には人に言えない何かがあると思うんですけれども、それを吐き出していく。その吐き出していく方法をいろいろに考えていくという、そういう方向に今の短歌があるのだということを申し上げたつもりでございます。
 きょうは、11番からの歌を読みますけれども、そこには女流歌人たちの歌が並んでおります。で、この女流たちは今、大体60歳前後でございますけれども、昭和30年頃、その新しい歌を作り始めた世代の頃に歌った歌、それをここに抜いてございます。
 三国玲子さんという人は、鹿児島寿蔵という人のお弟子さんで、リアリズムの写実派の歌人なんですけども、やはり優れた作家で、今も活躍しております。その人が愛の歌、相聞の歌ですね、恋愛の歌をどのように歌ったかということが11番の歌で知られるわけですが、『ただ一人の束縛を待つと書きしより雲の分布は日々に美し』『ただ一人の束縛を待つと書きしより雲の分布は日々に美し』という恋の歌なんですね。その頃、三国さんは、女流が、女性も独立して自立して働かなければならないというような時代でございましたね、戦後ね。この人も洋裁などをして、よく働いて、独身を守っていた人だったんですが、30歳を過ぎて、ある人にめぐり会って、結婚することになったんですね。その愛情を告白した歌なんです。たった1人のあなたになら束縛されてもいいわ、そういう歌なんですね。あなたになら束縛をされてもいい。その束縛される日を待っております、と愛情を告白したその日から雲の分布、雲の様子も美しく感じられるようになったという歌なんですね。
 だから、あなたが好きよって歌ってるんじゃなくて、非常に屈折して歌っているわけですね。あなたにだけなら束縛されてもいい、ということは、本当に愛の告白でしょう。そして相手に愛情を告げたときから、目の前が明るくなったのでしょうか、雲の分布も日々に美しく感じられるようになった。女の人らしく、愛情を告白した後の喜びというようなものを、爽やかに歌っている歌なんですね。だからあなたが好きと言ってしまうだけでは物足りない。あなたにだけなら束縛されてもいい、そう歌うことで愛情を告白したわけでしょ。その日から雲も美しく見えるようになったというような歌い方。今までになかった歌い方ですね。そういう歌い方をしている。
 それからその次の馬場あき子さんの歌。朝日の全国版の選者ですから有名な方ですが、この馬場あき子さんの歌なんですが。12番。『足裏を舞によごしし足袋ひとつ包みてわれのまぼろしも消す』『足裏を舞によごしし足袋ひとつ包みてわれのまぼろしも消す』という歌ですね。馬場さんは仕舞や能やお謡いなどの上手な人なんですね。そしてこのときは多分、仕舞を舞っていたのでしょう。仕舞というのは、例えば鬼なら鬼になって踊りますね。幻を自分の体で表現して舞うわけですけれども、舞い終わって帰ってきたら足袋が汚れていた、その足裏の汚れた足袋をひとつ包んだ。もう舞の時間は終わったんですね。そうすると鬼だかお姫さまだかになって舞っていた、その幻も消えてしまう。そして元の現実の自分に戻って、足袋を包んで持って帰る。そういう場面なんですね。『足裏を舞によごしし足袋ひとつ包みてわれのまぼろしも消す』、良い歌でしょ。こういうふうな、そのまんま、舞が終わりました、さあ帰ります、という歌ではなくて、足裏が汚れた足袋をひとつ包むことによって、今まで鬼だかお姫さまだかになって舞っていた、その舞の幻も消して、そして舞が終わったわという感じを歌っているんですね。美しい歌でしょう。
 13番。『処女(おとめ)にて身に深く持つ浄き卵秋の日吾の心熱くす』『処女にて身に深く持つ浄き卵秋の日吾の心熱くす』。富小路禎子さんという人の歌ですが、富小路という名前で分かるように、この人は子爵家の華族の令嬢でした。戦争が終わるまでは、華族さまのお姫さまで、蝶よ花よで育てられたお姫さまだったんですけども、戦争が終わって子爵でも何でもなくなったとき、お父さんは生活能力のないただの男の人になってしまったんですね。お母さんはもういなくて、父と娘の2人の生活の中で、富小路さんは大変苦労をして暮らすんですけれども、親子の生活をしている、そして子爵でももう何でもなくなってしまった、ただの娘になって、そのお嬢さんのときの歌なんですが、乙女ながら、処女であるけれども、体の奥深いところに卵を持っている。その卵を持っているということを考えて、秋の日差しの中で心が熱く燃えてきたという歌なんですね。
 この人は結局、独身のまま、今もう60近いんですけれども、独身のまま過ごしますけれども、乙女ながらもいつも深く体の中に卵を持っているということを考えると、心が火照るような気がすると歌っているんですね。目に見えない卵というようなものを、身に深く持っていることを意識したというようなことも、新しいことだったんですね。その卵を持っているというこの歌を、当時の人たちは淫らであるとか、そんなことまで歌う必要はないとか、いろいろ文句を言われたそうですけども、今、読んでもいい歌だと思うんですね。若い女の人がそういう感じを持つということはあることだし。それを歌うことも大切なことなんですね。『処女(おとめ)にて身に深く持つ浄き卵秋の日吾の心熱くす』。そういう生命の神秘、女性の性の神秘というようなものを歌い上げた歌だったんですね。
 14番。『さくらばな陽に泡立つを目守(まも)りゐるこの冥(くら)き遊星に人と生れて』『さくらばな陽に泡立つを目守りゐるこの冥き遊星に人と生れて』。山中智恵子さんは、三重県に住んでいる女流です。やはり私と同じぐらいの年でしょう。抽象的な美しい歌を作る作者なんですけども、この歌では桜の花が咲いて、そしてお日さまが照ると、まるでつぶつぶと泡立つように咲いているわと上の句で描いているんですね。で、私はといえば、この暗い、もの暗い地球という遊星の上にゆくりなく生まれてきて、そして今、桜の花を見ているのだなという歌ですね。今、宇宙時代とか言われて、その地球そのものもひとつの遊星、惑星にすぎないというような思想が流れているでしょ。桜の花が咲いて泡立つように美しい、それを眺めている。眺めている自分は何だと思うと、この暗い遊星、地球という遊星の上に生まれてきて、ゆくりなく人間として生まれてきて桜の花を見ているのだわという感じなんですね。
 この冥き遊星、地球というのは、日に照らされれば明るいけれども、人間の住んでいる地球は、必ずしも明るいばかりではありませんね。もの暗くて、何となく矛盾に満ちていて、暗いという、作者には印象がある。そうするとこの暗い、何となく薄暗いような気のする地球という遊星の上に生まれてきて、人間としてこの桜を見ているのだなという感じはね、非常に現代的なわけですね。
 地球というものをひとつの遊星として捉えて、その上に、何の動物でもなく人間として生まれてきたのだ、そして桜の花を今見ているという感動がね、非常に現代的なわけですね。地球を遊星なんてなかなか考えられない、その遊星の上に人間として生まれて来たなんてこともなかなか考えられないことなんですけれども、この作者はそれを鋭く捉えて、しかも桜の花が陽に泡立つように咲いて美しいのを眺めている。そういう歌なんですね。『さくらばな陽に泡立つを目守(まも)りゐるこの冥(くら)き遊星に人と生れて』。何となく、悠久の自然というものを感じさせるような、現代の歌になっていますね。
 15番。『待てど来ぬ証なるべし想いの実茂りて花をつけぬ額の木』『待てど来ぬ証なるべし想いの実茂りて花をつけぬ額の木』。額というのはガクアジサイのことでしょう。ガクアジサイが葉だけ茂って花をつけないでいる。思いの実は茂る、その茂るように、葉は茂っているけれど花はつかない。そんな額の花の木を見ていると待っても待っても人が来ないという、その証拠のようだわと歌っているんですね。
 『待てど来ぬ証なるべし』、北沢郁子さんという人は、今、八王子に住んでいますが、やはり60ぐらいの女の人です。長野県に生まれて、若いときにお母さんとけんかをして東京へ出てきて、東京で1人で暮らして働いてきて、独身を通した人ですけれども。その女の人の歌とすると、誰かをいつも待っているような気持ちって女の人にあるんですね、1人で暮らしていても。でも待っても誰も来はしないという証のように、思いだけが茂って、そしてどうにもならない。額の木がちょうど葉が茂って、花が咲かないみたいだわと歌っているんですね。そういう感じは、独り身の女性の生活の中で、きっとあるに違いない感じなんですね。葉ばっかり茂ってさ、思いばかり募ってさ、誰も来ない。歌謡曲みたいかな。『待てど来ぬ証なるべし想いの実茂りて花をつけぬ額の木』って歌ですね。難しい?
 16番。『紫の葡萄を搬ぶ舟にして夜を風説のごとく発ちゆく』『紫の葡萄を搬ぶ舟にして夜を風説のごとく発ちゆく』。安永蕗子さんという人は、もう63、4かもしれませんが、熊本に住んでいる人です。お習字の先生をしながら独身なんです。この人の歌で、ぶどうを運ぶ船が、港を発って行ったということだと、それはまるで風の運んできたうわさのように、風説というのはうわさですね、うわさのように去って行った。紫の美しいぶどうを運ぶ船が発って行ったということだと。まるで、うわさがひとつ消えていくように、という歌ですが、紫のぶどうを運ぶ船は実際にあるかないかは別として、風説のごとくというその比喩がね、新しいんですね。うわさ話のように、紫のぶどうを運ぶ船が港を発って行ったということで。ぶどうという美しい果物、それを運ぶ小さい船、この舟は小さい船ですね。小さい船が、まるで風説のように港を発って行ったという歌なんですけども。
 作者はどこかに書いていましたが、「ぶどうを運ぶ船を見たこともないし、そういううわさを聞いたこともない、でもこの歌ができた」と言うんですね。そういうふうな歌の作り方。事実ではないけれども、作者が描いた夢なんです。どこかに小さい船があって、美しい紫のぶどうを運んでいる。そんな港がありはしないだろうか。そういう作者の描いた夢が、この歌を作っていると思うんですね。『紫の葡萄を搬ぶ舟にして夜を風説のごとく発ちゆく』。
 17番。『しゆわしゆわと馬が尾を振る馬として在る寂しさに耐ふる如くに』『しゆわしゆわと馬が尾を振る馬として在る寂しさに耐ふる如くに』。杜澤光一郎という人は埼玉の人です。今、川越女子高校の先生をしています。で、この歌はよく引かれることの多い歌なんですけれども、どこに特徴があるのでしょう。しゆわしゆわですね。馬が尻尾を振るのに、しゆわしゆわと馬が尾を振る、それが非常に際立って面白いんですね。この歌はよく、いろいろなところに引かれて褒められる歌なんですけれども、例えば小川はさらさらと流れて、雨はしとしとと降る、という普通の擬音というか、そういう言い方をしてしまいがちなんですけども、作者は馬が尾を振るところをよく見ていて、しゅわしゅわと感じたんですね。しゅわしゅわ、それはね、馬のまるで寂しさを表すようだったんですね。馬がしゅわしゅわと尾を振っていた。馬は馬として存在することに寂しいんだ、そして尻尾をしゅわしゅわと振っている。それを見ている人間という存在もまた寂しいんだ、というようなことを言おうとしているんですね。
 その、しゅわしゅわというような、ひとつの作者の発見があるわけですけれども、そういう尻尾の振り方の擬音を、こういうふうに工夫して書いたところに、この歌の眼目があるわけで、よく褒められて書かれる歌です。もしかすると、明日の毎日新聞に私の文章が載るかもしれませんが、その中にもこの歌を引いてございます。『しゆわしゆわと馬が尾を振る馬として在る寂しさに耐ふる如くに』。馬として存在する馬も寂しいし、それを見ている人間も寂しい存在だなという意味が、そこにこもっているわけですね。そんな歌。
 18番。『あきかぜの中のきりんを見て立てばああ我といふ暗きかたまり』『あきかぜの中のきりんを見て立てばああ我といふ暗きかたまり』。秋風の吹いている日、動物園でキリンを見ていた。キリンの首はあっけらかんと長くて面白いですね。そのキリンを見て立っている私はどうかというと、キリンに比べたら背が低くて、人間1人。私というのは、何という暗いかたまりなことだろう。いろいろな雑念を詰め込んで、いろいろなものを食べて、飲んで、自分というのは暗いかたまりだなと作者は思った。そこにあっけらかんと長い首をしたキリンと、それに比べたら、きっとキリンは爽やかに草原の夢でも見ているのでしょうね。でも人間はそんな爽やかな存在ではなくって、暗いかたまりだった、という歌なんですね。『あきかぜの中のきりんを見て立てばああ我といふ暗きかたまり』。高野公彦さんという人は、今50くらいかな。東京に住んでいて出版社に勤めている人です。杜澤さんも高野公彦さんも、中堅の今、男の人の作家としては力のある作家たちで、両方とも宮柊二さんのお弟子です。『コスモス』という雑誌に属しています。
 解釈をすると大変難しいけれども、読んで何となく分かるような気がしますでしょ。キリンは、人間のように悩みとか煩悩とか持っていませんね。だからあっけらかんと首を長くして空を眺めていればいいけれども、人間である自分は、暗いかたまりのようなものだなっていうんですね。
 19番。『父よ男は雪より凛(さむ)く待つべしと教へてくれてゐてありがたう』『父よ男は雪より凛く待つべしと教へてくれてゐてありがたう』。面白い歌ですね。小野興二郎さんという人は、木俣修のお弟子で、今、50くらいと思います。学校の先生です。お父さんは神主さんだったということです。お父さんよ、男というものは雪よりも凛冽に厳しく待っているものだと教えてくれた、ありがとうという歌なんですね。こういう形の上の変化というのも、歌の世界に起こりつつあるということを、一つ示そうと思って選んだ歌です。
 しゆわしゆわっていうのは擬音の面白さ。そして18番の歌では人間というのは暗いかたまりなんだという発見がある。そして19番の歌では、『教えてくれしことに感謝す』なんて言わないで、『くれてゐてありがたう』と優しく言っている。普通だったら、『教えてくれしことを感謝す』と言いたいところでしょ。それを『教えてくれてゐてありがたう』というふうな、形を崩していって歌を新しくする方法。男の方もおられますが、雪より凛(さむ)く待つものですか、男とは。そういうものでございましょうか。
 
A- 何を待つんでしょうかね、この人は。
 
大西 時期の到来するのを待つんじゃないですか。
 
A- ああ、時期の到来。
 
大西 分かりませんけども。でも、何となく男の人の生き方の、凛としたね、雄々しい生き方というようなものを、お父さんは教えてくれていたんじゃないのかな。四国の人なのですけれどもね、四国の田舎の方で、お父さんは神主さんだったということですね。そういう神官さんのお父さんが、男の生き方を一つ教えてくれていた。それで今、自分は苦しさに耐えることができるというような歌でしょうね。『父よ男は雪より凛(さむ)く待つべしと教へてくれてゐてありがたう』。面白いでしょう。
 20番。『真夏陽に磨かれてゆく石一つその中核の闇ぞ恋しき』『真夏陽に磨かれてゆく石一つその中核の闇ぞ恋しき』。佐佐木幸綱という人は、名前から見て想像するでしょう。佐佐木信綱という明治時代の歌人のお孫さんですね。そして、今の前衛の歌を作っているひとりの優秀な作家ですが、その人が歌うと、真夏の日に磨かれて光っている石がある。日差しに磨かれたように光っている石がある。その石の表面も美しいし、輝いているけれども、その石の中身はどうなっているんだ。その中身の部分の、暗い部分が私には恋しく思われるという歌なんですね。
 ということは、結局、表面だけをなぞって歌うんではなくて、その内面の暗い部分も知りたいと、そういう歌が今の多分、現代の歌なんだろうと思いますね。見える部分だけではなくて、見えない部分の暗いかたまり、キリンの歌にあった暗いかたまりとしての人間。石にでも表面は滑らかに光っていても、割ってみなければ中は分からない、その中身の暗い部分こそ自分は恋しく思われる、というような歌い方をしているわけですね。
 さて、こうして眺めてまいりますと、どの歌を見ても一筋ではないですね。一筋縄ではいってないということにお気が付かれると思うんですけれども。現代の歌というのは、結局、現代の生活というものは、一筋ではありませんね。矛盾に満ちて、さまざまな波乱を含みながら、今の私たちの生活があるわけですね。
 朝起きて、寝て、食べてという生活を昔ながらにしているようでありながら、現代の生活というのは非常に複雑な流れをしていると思います。で、いろんな社会にも問題が起こったり、家庭内にも問題が起こったり、いろいろいたしまして、矛盾に満ちた、苦しみに満ちた現代であるわけですから、それを歌に歌おうとするときに、簡単にはいかないということが根本にあると思うんですね。だからさまざまに工夫をして、専門の歌詠みたちは苦労をして歌を作っているなあということを、一通り分かっていただくといいんじゃないかと思うんですね。
 で、明治以降の歌の流れを見てみると、大体、その新派の和歌というものも、見たまま聞いたままを描くという方向が大勢を占めていて、リアリズムの短歌、『アララギ』に代表される、斎藤茂吉や土屋文明に代表される写実派の歌が大きなウエートを占めて流れていたわけですけども、それが前衛の歌が興ることによって、写実だけではない、もっと内面を描く、人の精神の内部をも抉り出して描くという方向に進みつつあるのが、現代の歌であると思われます。
 そういう一つの見本として、こういう歌をあげたわけでございまして、私たちが一人一人生活をしていても、内面にはいつも割り切れない思いが心の中にあると思うんですね。家庭生活の中でも、表面は滑らかに見えても、一皮むけばどんな感情を一人一人が持って暮らしているか分かったものではないというところがあると思うんですね。そういう内面の問題をさらけ出して歌うのには、それ相応の技術が必要なわけで、「自分の内面はドロドロよ」って言っただけでは、「ああ、なんだドロドロか」ということなんですけれども、それがいかにドロドロで、つらくて、激しいかというようなことを歌う、そういう時代に今、入ってきているのだろうと思います。
 もちろん短歌というのは、今、短歌結社が500ほどあるそうですから、500ある結社の中に、例えば、1結社500人の会員がいるとして、五五25万人ですか、そんなたくさんの歌詠みがいるわけですから、その何十万人の歌詠みが、こういう難しい歌を作っているわけでは決してありません。私たちの日常のささやきのような歌を、呟きのような歌を作っている人がほとんどなわけですけれども。その中で選ばれた何人かの歌詠みの専門家たちが、歌を新しくして、歌の世界をリードして行くために、こういう歌を苦労して作っているわけですね。そういう歌のピラミッドの頂点のような、ピラミッドっていうのは上はとんがって狭いけれども、裾が大きく広がっていますね。そのピラミッドの頂点のような歌が、これらの歌だと解釈してくださってもいいと思いますが、その裾野にいる私たちは、いろいろな歌をやっぱり昔ながらに作っているわけです。それはそれとして、自分の思いを心ゆくまで歌って、自分の・・・。